一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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蔓を伸ばす植物の巻き方

質問者:   その他   池田公昭
登録番号0089   登録日:2004-06-21
自給農園を自然農法や有機農法によって営んでいます。
蔓を伸ばしてからみつきながら伸長する植物の、蔓が巻き付いていく様子を見て不思議に思うのは、蔓の巻き方向です。
例えば自然薯で、巻きつかせるための支持棒を垂直に立てたとしますと、天に向かって時計回りで巻いていきます。
いたずらで左巻きに誘引しても、なんとしても右巻きになろうという意志が感じられます(^^;
巻き方向を決めているのはどういう仕組みからなのでしょうか?
左巻きが得意なものもあるのでしょうか?
南半球で栽培すると、反対になったりするのでしょうか?
池田公昭様

蔓はほとんどの場合、茎が進化したもので、その巻き付く方向は植物種により右巻きか左巻きのどちらかに遺伝的にきまっています。巻き方向の左右性は、植物の生育条件や生育場所(北半球や南半球)には影響されない、その植物種固有の性質です。

根や茎などの軸器官の細胞は、細胞分裂により細胞がうまれた最初は立方体に近い形をしていますが、軸器官が伸びるに従い、細長くまっすぐに伸び、最終的に長い円柱状の細胞になります。すなわち、細胞が一定方向にまっすぐに伸びるおかげで、根や茎という多くの細胞で構成される軸器官がまっすぐに伸びると考えられます。一方、蔓などのねじれて伸びる器官では、本来ならばまっすぐに伸びるはずの細胞が右または左のどちらか一定方向にわずかに傾いて伸びる為に、右巻きや左巻きの蔓になります。

それでは、細胞がまっすぐに伸びたり、右や左に傾いて伸びるのは、どういう仕組みによるものでしょうか?遺伝子解析が容易なシロイヌナズナという実験植物のねじれ変異株の研究から、微小管という細胞骨格が重要な働きをしているらしいことが最近解ってきています。シロイヌナズナはつる性植物ではありません。従って、つるを持ちませんし、根や茎といった軸器官もまっすぐに伸びます。しかし、根や茎がねじれて伸びる変異株がいくつか発見されました。興味深いことに、これらのねじれ変異株は変異株により右巻きか左巻きのどちらか一方にのみねじれ、ねじれ方向は無秩序ではありません。ねじれ変異株の原因遺伝子はすべて微小管の構成成分や微小管の働きを調節する因子であり、微小管の働きが通常とは異なったおかげで、細胞がまっすぐに伸長できなくなり、右または左に傾いて伸びることが解りました。

植物細胞はセルロース繊維などで構成される堅い細胞壁に囲まれています。細胞が膨らむ時には細胞壁はゆるむことが必要ですが、ただ一様にゆるむだけでは風船が膨らむように丸い細胞ができてしまいます。細胞が細長く伸びる為に、伸長方向に対し直角にセルロース繊維が並び、細胞の側面にぐるぐると円を描くように巻き付いています。ちょうど、樽の側面をはがねで締め付けているような感じです。この時、細胞が膨れようとすると、横方向には膨れることができず、縦方向にのみ膨れる、すなわち細長く伸長することになります。セルロース繊維は細胞の外側にある細胞壁に作られるため、その繊維がどの方向に並ぶかは細胞の内側からコントロールしなければなりません。長年の顕微鏡観察により、伸長している植物細胞では、細胞膜の内面にへばりついている微小管(表層微小管と呼びます)がセルロース繊維と同じ方向に並んでいることが解り、この表層微小管が細胞膜を隔てて、細胞壁のセルロース繊維の並び方を決めている、すなわち細胞の伸長方向を決めていると考えられるようになりました。

面白いことに、右巻きのねじれ変異株では表層微小管は左巻きのヘリックスを作るように傾いて並んでおり、一方、左巻きのねじれ変異株では反対に右巻きヘリックスを作っていました。図を描いてみると理解しやすいのですが、左巻きの微小管は細胞の外側から見て右斜め上方向と左斜め下方向に伸長する力がかかると想像されます。右巻きの微小管ではこの逆です。すなわち、細胞が右または左に傾いて伸長するのは、表層微小管の並び方によって決められている可能性が強いことが解ってきました。微小管の働きがどのように変わった時に、微小管が右巻きや左巻きのヘリックスを形成するのかは、まだ解っていません。

植物細胞がまっすぐに伸びるのは、微小管細胞骨格の並び方が厳密にコントロールされるおかげであり、このコントロールが少しでもおかしくなると、細胞は右または左に傾いて伸びてしまいます。つる性植物は進化の段階で、植物が元来備わっている微小管コントロールの仕組みを少し変えることにより、積極的に右または左の一定方向に傾いて蔓を伸ばすようになり、支柱に巻き付きやすくなる性質を獲得したものと想像されます。

回答者 橋本 隆
奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科
ホームページ http://bsw3.naist.jp/hashimoto/hashimoto.html
回答日:2007-08-06
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