一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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藻類の利用する光の波長の違いについて

質問者:   教員   アノマロ
登録番号3533   登録日:2016-07-16
藻類、特に褐藻類、紅藻類、緑藻類は利用する光の波長が違うため、光合成色素が異なると、教科書などでは書かれていますが、これは生息する水深の違いが影響する、というようにも書かれています。
ここで、二点疑問が浮かびましたので、質問させてください。
・緑藻類は浅い場所に生息するとはいえ、青色光の他に、水に吸収されやすい赤色光を利用するのはなぜでしょうか。
・緑藻類や褐藻類より深い場所でも生息できる紅藻類はなぜ緑色光を利用するようになったのでしょうか。他の質問の回答で「最も有効的に利用できるのは緑色光である」というものがあり、それは理解できたのですが、水中では緑色光は深い場所まで届かず、青色光が届くはずです。よって、青色光を利用するのではないでしょうか。
以上、よろしくお願いします。
アノマロ様
ご質問有難うございます。

[回答](第1部)
少し難しくなりますが、全体的な解説から始めます(Webページの書式の関係で、イタリック、化学式の上付き、下付きが正確に表現されていませんが、その部分はご自身で補って読んでください):
1.光化学反応中心
光合成では、色素類が吸収した光のエネルギーは、最終的には光化学反応系の光化学反応中心に伝達され、そこで光化学反応が起こることにより、光エネルギーが酸化還元エネルギーに変換されます。光化学反応系は、クロロフィルとタンパク質を主成分とする巨大分子複合体で、葉緑体は、H2Oを酸化してO2を発生する光化学系IIと、強力な還元力を生み出す光化学系Iの2種類の光化学反応系を持っています。どちらもタンパク質に結合したクロフィルaが反応の中心的役割を演じており、それぞれの反応中心はP680、P700と呼ばれます(酸化還元により680nm、700nm吸光度が変化する)。光合成細菌の中にはH2Oを電子供与体して利用できず、有機物や硫黄化合物(硫化物、チオ硫酸など)を電子供与体として利用する紅色細菌、緑色細菌がいますが、その反応中心色素はバクテリオクロロフィルで、P870、P840と呼ばれます。840-870nmの赤外光はエネルギー的に低く、現存の生物でこれらの赤外光を利用してH2Oを酸化できるものはいません。
 面白いことに、光化学系Iのタンパク質は緑色細菌のもの(タイプI反応中心と呼ばれる)と、光化学系IIのものは紅色細菌のもの(タイプII反応中心と呼ばれる)と、アミノ酸配列にそれぞれ類似点が認められ、しかも2つのタイプの間にも程度は低いものの類似点が認められます。地質学的証拠からは、O2発生型光合成生物の出現は、今から約25-30億年前だと考えられています。シアノバクテリア(ラン色細菌、藍藻類とも呼ばれる)は、現存する生物の中で光化学系IとIIの両方を持つ最古の生物群です。おそらく、タイプI反応中心とタイプII 反応中心の両方を持つものの中から、進化の過程でH2Oを利用できるものが出現し、現存のクロロフィルを持つものが進化してきたと考えられますが、それ以上の詳しい過程は分かりません。赤外域に吸収を持つバクテリオクロロフィルから、より短波長の(エネルギーの高い)赤色域の光を利用することにより、O2発生型光合成が可能になったという進化のシナリオが考えられます。O2発生型光合成生物が光化学反応に利用できる光は、可視光域の光(約400-700nm)です。
2.アンテナ色素
光を吸収し、そのエネルギーを反応中心に渡すのがアンテナ色素で、光合成生物群ごとに特徴的な色素を持っています。主なものは、紅藻類はフィコエリスリン(フィコエリトリンともいう)(緑色領域の光をよく吸収)、褐藻類はフコキサンチン(青―青緑色光を吸収)、シアノバクテリアはフィコシアニン(黄-橙色光を吸収)、緑藻類はクロロフィルです。量的にみると、反応中心色素は色素全体の数分の1ないしそれ以下で、アンテナ色素が多数派で、光合成生物の色は、アンテナ色素に大きく依存しています。緑色植物では、クロロフィルの一部が反応中心を構成しますが、他の大部分はアンテナ色素のはたらきをしています。なお、アンテナ色素の多くはタンパク質に結合しています。アンテナ色素が吸収した短波長の光エネルギーは、長波長側に吸収o帯を持つ光化学系I、IIの反応中心(680nm,700nmに吸収を持つ)に向かって(紫、青、緑、黄、橙→赤の方向)伝達されますが、その向きは励起エネルギーが減少する方向です。光化学反応中心、アンテナ色素の合成は、生物にとって大量の資材を投入することになるので、それに見合った光合成産物が得られないと、自然環境下では生存できません。

[回答](第2部)
[質問1] 緑藻類は浅い場所に生息するとはいえ、青色光の他に、水に吸収されやすい赤色光を利用するのはなぜでしょうか。
[回答1] 現存のO2発生型光合成生物は進化の過程でクロロフィルを主要な光合成色素として利用してきました。光化学反応中心における光化学反応にとってクロロフィルの赤色域の吸収帯は必須です。クロロフィルは青色域と赤色域の両方に吸収を持ち、光化学反応中心色素としてばかりでなく、アンテナ色素としても利用されます。カロテノイドは青色領域にだけに吸収帯をもちますが、赤色の光は利用できません。水に吸収されやすいとはいえ、水中の赤色光エネルギーはゼロではなく、また、潮の干満もあるので、浅いところではアンテナ色素としてクロロフィル持つものが有利だと考えられます。
[質問2]緑藻類や褐藻類より深い場所でも生息できる紅藻類はなぜ緑色光を利用するようになったのでしょうか。他の質問の回答で「最も有効的に利用できるのは緑色光である」というものがあり、それは理解できたのですが、水中では緑色光は深い場所まで届かず、青色光が届くはずです。よって、青色光を利用するのではないでしょうか。
[回答2]現存の紅藻類はアンテナ色素としてフィコエリスリンを持ちますが、フィコエリスリンやフィコシアニン(シアノバクテリアの色素タンパク質)の色素部分の合成経路は、シトクロム(細胞呼吸系や光合成電子伝達系にはたらくたんぱく質)の色素部分の合成経路と一部が共通です。フィコシアニン、フィコエリスリン合成の変異を獲得した生物群(シアノバクテリアなどの祖先)が、ある環境では生存競争で優位に立ったと考えられます。進化の過程は遺伝子の偶発的な変異に依存している面があるので、「なぜそのような生物が進化したか」という問いに答えることはできません。(興味があれば木村資生著「生物進化を考える」(岩波新書、1988)を読むことをおすすめします)
 
 「水中では緑色光は深い場所まで届かず、青色光が届くはずです」に関して:海水は赤-黄色の光は良く吸収するので、深くなると青緑色に見えます。青色光は散乱されやすいので(空が青いように)、目には青色が強く感じられますが、実際は緑色の光強度も相当強いです。深いところに、緑色の光をよく吸収する紅藻類が生えているのも納得できます。

さらに興味があれば次のサイトをご覧ください(検索日:2017年2月11日)
1) 村上明男(神戸大学)。日本植物学会、一般向け情報 > 研究トピック >【第2回】海の中の赤い植物"紅藻"の謎
http://bsj.or.jp/jpn/general/research/02.php
2) 横浜 康継(筑波大学)。特集:植物の世界(平成16年度筑波大学公開講座)カラフルな海藻は語る
http://www.biol.tsukuba.ac.jp/tjb/Vol3No10/TJB200410YY.html
3) 園池公毅(早稲田大学)。 光合成の森。 光合成色素と光の吸収
http://www.photosynthesis.jp/lec/PlantPhysBiochem-2010-3.html
JSPPサイエンスアドバイザー
櫻井 英博
回答日:2017-02-11
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