一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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イチリンソウの萼片の枚数

質問者:   高校生   ゆきっぺ
登録番号3781   登録日:2017-06-03
今年の春、中国地方の山間部に魚釣りに行った時、山道のほとりに白い花がたくさん咲いているのを見つけました。
よく見ると、同じ種類の花なのに白い花びらの枚数がまちまちで、4〜20枚の間で枚数に変動がありました。
後で調べて、この花がイチリンソウという名で、花びらと思ったものは萼片だと言うことが分かりました。
しかし、どれだけ調べても、「イチリンソウの萼片の数はまちまちで、イチリンソウとはこういうものです」という類の説明しか見つけることができませんでした。
私は高校でバイオテクノロジーについて勉強していて、発現する形質がこんなに簡単に変わる生物がいる事に驚いています。
私は遺伝子というものは、何重にもバックアップを取られた、そう簡単に変更できない設計図のようなものだと思っていました。
植物が酵素によって色の出方が変わってくることは学習して知っているのですが、萼片の枚数が変わることは酵素では説明できないので、やはり萼片の枚数に関わる遺伝子が簡単に変異すると言うことなのでしょうか?

イチリンソウの萼片の枚数が変化するのは遺伝子のせいなのですか?
だとしてら、イチリンソウの遺伝子はなぜこんなに簡単に形質を変化させるのですか?

勉強不足、調べ不足で見当違いの質問をしていたらすみません。よろしくお願いします。
ゆきっぺ様

 みんなのひろばへのご質問ありがとうございました。頂いたご質問の回答を大阪大学の藤本仰一先生にお願い致しました所、丁寧なご回答をお寄せ下さいましたが,私の不手際でお手許にお届けするのが遅くなってしまいました。ゴメンなさい。

【藤本先生のご回答】
とても面白い観察です。多くの植物で花びらなどの器官の数はきっちり決まっていますが、イチリンソウの萼片ように花ごとに枚数がばらつく(変化する)植物種もいます。数がばらつく仕組みはゆきっぺさんが勉強不足なのではなく、未知です。ヒントとなる知見を紹介します(登録番号0276「萼片枚数の変化」,登録番号3787「クチナシの花弁の数」に対する回答も参考になるでしょう)。まず、枚数が変わるのは遺伝子が変異することか?、遺伝子のせいなのか?について、遺伝子の変異でも枚数は変わりますが、変異しなくても変わりうることを説明します。

遺伝子を使った花器官(萼片、花弁、雄しべ、雌しべなど)の枚数の研究は、私の知る限りイチリンソウでは全くありませんが、近縁種ではクロタネソウ及び植物全体を見渡すとシロイヌナズナで進んでいます。複数の遺伝子が関与し、これらの遺伝子の働き方を大別すると2種類が知られています。1つ目の働きは、花の発生の初期段階に現れる未分化な組織(花メリステムと呼ばれます)の大きさの制御です。花メリステムは円形であることが多く、その周囲に花器官が作られます。ある遺伝子が変異すると、この円が大きくなり周りにできる萼片などの枚数が増えます。逆に、花メリステムが小さくなる遺伝子変異が入ると、萼片などの枚数は減ります。円形のケーキの周囲に沿ってイチゴを等間隔で並べる状況を想像してみてください。イチゴの数はケーキの大きさ(円周)に比例しますよね。2つ目の働きは、萼片や花弁などへ花器官の運命を決定することです。高校の教科書にも出てくるABCモデルです。A, B, Cと呼ばれる3つの遺伝子がメリステムを中心とする同心円状に、A遺伝子は外側、C遺伝子は内側、B遺伝子はその間の領域(位置)に発現します。例えば、A遺伝子とB遺伝子が発現し、かつ、C遺伝子が発現しない領域にできる器官の運命は花弁となります。これらの遺伝子が変異して発現する領域が変わると、その領域にある器官の運命が変わって萼片や雄しべとなり、結果として萼片の数も変わります。

花メリステムの大きさや発現位置は植物種ごとにある程度決まっていますが、多少の「個性」を持つ種もあるようです。クロタネソウでは、1つの植物個体につく花メリステムの大きさはまちまちで、花メリステムが大きいほど花器官の数が増えることが報告されています。それぞれの花メリステムで別々の遺伝子変異が入っている可能性もありえますが、変異に依らない可能性もあります。最近、遺伝子の配列が同じであっても発現量が細胞ごとに不均一になることが、バクテリアから動物や植物の細胞に至るまで広く現れることがわかってきました(興味があれば、遺伝子発現の確率性、不均一性、ゆらぎ、などで調べてみてください)。イチリンソウに限らず植物全般を見渡すと、花器官の数が定まらない種はたくさんあります。その仕組みが花メリステムの大きさとABC遺伝子の発現位置のどちらに由来するのか、さらには、それらの遺伝子変異と遺伝子発現の不均一性のどちらに由来するのかは、近い将来にゆきっぺさんたちの若い世代が解き明かしていくでしょう。

これらを参考にして、イチリンソウの遺伝子はなぜこんなに簡単に形質を変化させるのか?について私の考えを書きます。あくまで予想にすぎませんので、鵜呑みにしないでください。「なぜ(why)」は、どの自然科学においても根本的な問いで最も答えることが難しいです。まず、比較的答えやすい問い「どうやって(how)」に置き換えて答えます。シロイヌナズナなどではABC遺伝子が発現する領域としない領域がはっきり分かれているの対して、イチリンソウを含むキンポウゲ科をはじめ被子植物の基部に位置する植物(モクレン、スイレン、など)では「いい加減」であることが分かりつつあります。多くの花器官の位置で、ABC遺伝子の発現量は高くもなく低くもない中途半端なレベルになり、花器官は花弁とも雄しべともつかない中間的形態を示すことがあります。ABC遺伝子の発現が「いい加減」に制御されていることが、萼片の数を変化させる仕組みの一つかもしれません。最後に「なぜ」に関して。DNAの配列に基づく系統樹を見ると、キンポウゲ科は単子葉植物(ユリなど)と真正双子葉植物(サクラ、菜の花など)の分岐の近くに位置します。単子葉植物の花びら(花被片)は6枚に対し、多くの真正双子葉植物の花びら(花弁、萼片)は4枚か5枚です。さらに、イチリンソウの近縁種であるユキワリイチゲやアズマイチゲは、10枚以上の萼片を持ちます。このように花びらの数が系統ごとに多様化する進化の途中に、イチリンソウのように花びらの枚数が変化する種が現れるのかもしれません。

イチリンソウの萼片の枚数のばらつき方にはある法則性があり、私もいろんな場所で調査をしています。ゆきっぺさんが見た場所もぜひ調査してみたいです。

 藤本 仰一(大阪大学)
JSPPサイエンスアドバイザー
柴岡 弘郎
回答日:2017-07-10
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