一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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通気組織と純生産量

質問者:   教員   オオバ
登録番号4106   登録日:2018-05-18
高校で生物教員をしており、度々「植物Q&A」コーナーにお世話になっております。
今回は「単位面積当たりの湿原の純生産量はなぜ多いのか」について調べており、登録番号3164の寺島先生の回答を拝読いたしました。しかし、「湿原では、根や地下茎に通気組織を発達させた草本植物が、高い総生産量をあげることができる」というお話しが、なぜ「湿原の純生産量が高い」につながるのかがわかりません。通気組織(特に二次通気組織)は、導管とは構造が異なり生きた細胞であること、根や地下茎で発達しそれらの構成細胞が酸素呼吸を行えるようにしていること、はわかるのですが、それがなぜ純生産量つまり光合成による炭素固定量の増加につながるのでしょうか?湿原は草本植物が生育しているので呼吸量/総生産量の比も小さくなるのもわかるのですが、その理由だけならば、草原と大差ない値となるのではないかと。
湿原では泥炭層が形成されるので、もし土壌から上部の有機物の乾燥重量から総生産量を算出しているのならば、泥炭の素となる未分解の植物遺体もデータに含まれているということはないでしょうか?ご多忙中のところ恐縮ですが、お教えいただければ幸いに存じます。
オオバ さん:

みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
前回(登録番号3164)の回答を頂いた東京大学の寺島一郎先生に再度お願いし、次のような解説を頂きました。

【寺島先生の回答】
光合成がさかんに行えるいい環境では植物が混み合ってしまい、光をめぐる競争が起こります。この競争においては樹木が有利です。いきおい、光合成に適したいい環境は樹木によって占められ、森林が成立します。
光合成がさかんに行える環境ですから、土地面積あたりの総生産(光合成による炭素固定)速度は大きくなります。しかし、樹木、特に高木では、光合成器官に対する非光合成器官多くなります。非光合成器官も呼吸します。もちろん、幹の内部の細胞は死んでいます。生きている細胞は、死んだ細胞にへばりつくようにして幹や大枝の表面近くに存在します。こうしてなるべく生きている細胞を少なくしながら、高さをかせいでいるのが樹木です。幹や大枝の細胞がすべて生きていれば大変です。せっかく光合成によってつくった糖も、これらの細胞の呼吸で失われてしまうからです。ちなみにバナナは草本で、プランテーションなどでは光合成がさかんに行えるので総生産速度は大きいのですが、生きている非光合成器官が多いので、あの程度の高さが限界
だとかんがえられます。
自然環境では、草原は降水量の少ない環境に追いやられています。光合成には不適な時期(乾季など)もあり、総生産速度は森林にはおよびません。しかし、光をめぐる競争などは激化しないので、高さをかせぐ必要はありません。茎や根の生きている組織をそれほど持たなくてもいいのです。これらの結果、総光合成から呼吸をひいた純生産は、森林と草原とではそれほどちがいません。森林と草原の純生産によって固定されるエネルギーは、太陽からのエネルギーの約1%程度で大差はありません。
湿原の草本植物は樹木との光をめぐる競争をしなくてすみます。通気組織が発達した地下茎や根を持っていますが、樹木ほど多くの「生きている非光合成器官」を持っている必要もありません。通気組織さえしっかりしていれば、水も栄養塩も豊かないい環境で光合成もさかんに行えます。いい環境で光合成を行うので、総生産も多く、草本なので呼吸も少ないのです。これが湿原の植物の純生産が大きくなる理由だと思いますが、いかがでしょうか。


寺島 一郎(東京大学 大学院理学系研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2018-05-31
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