一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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ハナモモの花の色

質問者:   一般   瀬戸際山岳会事務局
登録番号4108   登録日:2018-05-20
ハナモモは一本の木どころか、枝でも、花弁でも色が混じっています。これはなぜですか。一本の木なら、遺伝子は全て同じだと思うのですが。花色の発現にに遺伝子以外の要因がかかわっているのでしょうか。
瀬戸際山岳会事務局 さま

みんなの広場Q&Aコーナーをご利用頂き有り難うございました。
ご質問は大阪市立大学植物園の植松先生に回答を頂きました。
アサガオなどで見られる花色の変化の現象と非常に良く似ているのですが、ハナモモに関してはまだ良く分かっていないようですね。
いずれにしても、一本の木の中で遺伝子の働き方が変わってしまう現象のようです。

【植松先生のご回答】
 ハナモモの花色を注意深く観察されてのご質問、ありがとうございます。1個体の中に完全にピンクに着色した花をつける枝と白色の花をつける枝が混在する現象は咲き分け、あるいは源平咲きと呼ばれます。白色に見える花もよく観察すると小さく斑点状に着色しています。さらに白色の花をつける枝には時に完全にピンクに着色した花や、白地に扇状や筋状にピンクに着色する花が咲きます。江戸時代の本草図譜にも「源平」というハナモモが紹介されていますが、これは源平の合戦で両者が白と紅の旗を掲げたことに由来すると思われます。

 この花色変異はキンギョソウやアサガオなどで知られている易変性変異とよく似ています。ハナモモやキンギョソウ、アサガオは花弁に含まれる色素がアントシアニンであることが共通しています。

 キンギョソウやアサガオなどでは咲き分けの仕組みが解明されており、ゲノム中に存在するトランスポゾン(転移因子、「さまよえる遺伝子」とも呼ばれる)が関与しています。色素合成に必要な遺伝子に、トランスポゾンが挿入されると、遺伝子が機能しなくなり、色素を合成できずに花弁が白色になります。しかし挿入されたトランスポゾンが抜け出すと、遺伝子は機能を回復し、色素を合成できるようになります。色素合成が回復した細胞が分裂をして作り出される部分はピンク色を呈します。トランスポゾンが抜け出すタイミングによって、花1つがまるごと着色するか、花弁の一部だけが着色するという違いが生じます。

 ハナモモの花色変異もトランスポゾンの関与が示唆されていました。私たちが調べた品種では、アントシアニン合成を制御しているPeace遺伝子の発現がピンク花で強く、白色花で弱いことがわかりました。しかしこのPeace遺伝子の中にトランスポゾンの挿入・離脱は認められず、ピンク花と白花で発現の程度が異なる原因は明らかでありません。また他のグループは別の品種を調べて、アントシアニンを液胞に輸送するために必須の遺伝子が斑入り花で変異していることを示しましたが、トランスポゾンの関与は認められませんでした。この様に、ハナモモの花色変異の現象はトランスポゾンで引き起こされる易変性変異と大変よく似ていますが、異なる仕組みと考えられ、根本原因はまだわかっていません。

 1個体内の細胞は基本的に同じ遺伝情報を持ちますが、トランスポゾンの関与や遺伝子に生じた小さな突然変異で表現型が変わる事があります。斑入りが生じる仕組みにキメラがありますが、これについては別項を参照下さい。ハナモモの花色変異のように身近な現象でもまだ解明されていないことは沢山あります。植物の世界の面白さでもあります。




植松 千代美(大阪市立大学植物園)
JSPP広報委員長
木下 哲
回答日:2018-06-17
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