一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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T-DNA挿入による遺伝子破壊について

質問者:   教員   遺伝子
登録番号4174   登録日:2018-07-30
高校で生物を担当しています。
アグロバクテリウムを用いたトランスジェニック植物の作製について教材研究をしていた際に、疑問に思った点があるため、質問させていただきます。

調べたところ、
「アグロバクテリウムは、自身が持つTiプラスミド内のT-DNA領域を植物のDNAに挿入し、そのT-DNA内の遺伝子が相手の植物にアミノ酸と植物ホルモンを合成させることで、クラウンゴールと呼ばれる腫瘍を形成させる。この特性を利用して、T-DNA領域と発現させたい目的の遺伝子を入れ替えることで、植物の遺伝子組換えを行う。また、T-DNAを挿入することで、遺伝子を破壊した系統が逆遺伝学的な解析に用いられている。」ということでした。

T-DNA挿入系統では、遺伝子がT-DNAによって分断され、破壊されるということはわかるのですが、T-DNA内の遺伝子が発現することにより、余分な植物ホルモンが合成される、または腫瘍が形成される等の影響はないのでしょうか。

よろしくお願いします。

「遺伝子」さま

みんなの広場Q and Aへようこそ。質問を歓迎します。
植物分子生物学の研究をしている神奈川大学の安積良隆博士に回答をお願いしました。

【安積先生のご回答】
「遺伝子」さんが調べられた内容にすでに半分程度答えはあるようですが、実際にアグロバクテリウムを用いて実験を計画しないと、具体的なイメージがつかみにくいかも知れません。
アグロバクテリウムはTi プラスミド中のT-DNA領域を植物細胞の染色体に組み込ませるわけですが、野生型のプラスミドは、このT-DNA領域にオーキシンやサイトカイニンを合成するのに必要な遺伝子と、植物は利用できずアグロバクテリウムだけが利用できる特殊なアミノ酸を合成するのに必要な遺伝子を含んでいます。これらの遺伝子が植物細胞内で発現すると、植物に腫瘍が形成されます。一方、植物に遺伝子を導入するために研究用に改変されたTiプラスミドでは、感染と組み込みに必要な部分は残し、T-DNA領域にあるこれらの遺子が削除され、新たに機能を調べたい遺伝子などが付加されています。そのため、Tiプラスミドが持っていたオーキシンやサイトカイニンの合成に働く遺伝子が発現せず、これらの遺伝子が原因で腫瘍ができることはありません。実験用に改変されたものでは、通常、T-DNA領域に、機能を調べたい遺伝子のほかに、T-DNAが導入された植物体を選抜するための遺伝子も付加されており、後者の遺伝子の発現を目印として、改変された細胞を特定します。T-DNAが挿入される染色体の部位は、大筋でランダムです。そのため、機能を調べたい遺伝子の発現が、常に実験計画者の期待通りに進むとは限らず、染色体中のT-DNAが導入された部位近辺の他の遺伝子発現のための制御領域が影響を受けることも起こりえます。例えば、たまたま植物ホルモンの合成に必要な遺伝子の近くに挿入された場合は、その遺伝子が関係する植物ホルモンの量が増えたり減ったりすることが考えられます。こうしたことは、いつも起こることではありませんが、ないと言い切れないところがあり、Tiプラスミドを利用する実験では、このことを念頭に置く必要があります。


安積 良隆(神奈川大学)
JSPPサイエンスアドバイザー
櫻井 英博
回答日:2018-08-10
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