一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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トマトの変異

質問者:   小学生   颯之介
登録番号4190   登録日:2018-08-07
僕は小学校5年生です。
夏休みの自由研究でトマトの品種改良に挑戦しようて思っています。

今年は人工授粉で種子を作ろうとしました。そうしたら黄色のミニトマトの苗から一房4玉だけ赤い大玉トマトが出来ました。4玉以外は黄色いミニトマトです。

農義試験場に連絡したのですが、珍しい事で原因は分からない。との事でした。

なぜ、1つの苗から挿し木もしていないのに、別の色の別の果実が出来たのか原因がわかるようでしたら教えてもらえませんか?
颯之介君

植物みんなの広場[Q and A]へようこそ。質問を歓迎します。

2つに分けて回答します。
「1」一つの苗から生育した株に、親とは違う色のトマトがなったこと。
「2」1つの苗から挿し木もしていないのに、サイズも色も違う果実が出来たこと。

トマトの苗をどのようにして入手したかが問題になりますが、種苗会社から購入した種をまく、または苗を育てたのでしょうか?
それとも家庭菜園で長年植え継いでいたものの種をまいたのでしょうか?
いずれにせよ、そのトマトは母型の遺伝子と父型の遺伝子に多少違いがあって(雑種であって)、それを掛け合わせてできた子孫の株の間では、果実の色や大きさに互いに違いが見られ、また先代のトマトとも違っていることがあります。この現象はメンデルの遺伝学に基づいて説明できますが、詳しくは、「みんなの広場」植物Q&A登録番号4173(ゼラニウムの種子から発芽し育てた苗は、親と同じ花が咲かない理由)を見てください。(また、下記の「1」でも簡単に説明します)

「1」についての回答:生物の性質の多くは遺伝子が決めています。遺伝子は染色体の上にのっていますが、生物は基本的に1対の遺伝子を持ち、一方は母方から、他方は父方から受け取ります。遺伝子を子に伝えるときは、一対のうちの片方だけを生殖細胞を通して渡します。受け取った同じ働きをするはずの1組の遺伝子が、母型も父型も同じ場合は問題ありませんが、互いに違う性質を持つ場合は(例えば花の色が赤か、白か)、どちらか一方の遺伝子の性質が現れます。19世紀の遺伝学者メンデルはエンドウを使った実験を行い、赤い花のエンドウ(遺伝子型はRR)と白い花のもの(遺伝子型はrr)を掛け合わせると、その種子(雑種第1代)は両方の遺伝子(Rr)を持つはずだが、花の色(表現型と言います)は全て赤になるという結果を得ました。このときRの遺伝子を優性、rを劣性と言います。雑種第1代の自家受粉で得られる雑種第2代の花には、赤と白の両方が現れ、その比率は約3:1でした。つまり、表現型が赤だからといって、その遺伝子は赤の遺伝子だけだとは限らず、白の遺伝子も持っていたがそれが表に現れなかったということになります。園芸店で売られている種子や苗は、ほとんどが一代雑種です。種苗会社は、2つの純系を用意します。たとえば母系の遺伝子型は(AAbbCCdd・・・)、父系の遺伝子型は(aaBBccDD・・・) とすると、一代雑種の遺伝型は(AaBbCcDd・・・)でその表現型はABCD・・・となります。しかし、一代雑種の種子は確率的に、ABCD・・・すべての表現系を持つものは極めてまれです。たとえば、遺伝子のAの部分はAAまたはAaでAの性質が現れるが、Bの部分がbbでBの性質が失われた個体となります。雑種を自家受粉させて得られた種をまいても、すべてが親と同じ性質を持つことは極めてまれで、ほとんどが親とはずいぶん違った性質が現れます。同じような性質の植物を育てるためには、自家受粉はあきらめて、毎年種子を購入しなければなりません(詳しい説明は「植物Q&A」登録番号4173(ゼラニウム)をご覧ください)。颯之介君が使った親のミニトマトは雑種第1代で、例えば果実の色は赤色だったが、赤色の遺伝子ばかりでなく実は黄色の遺伝子も持っていたがそれが現れなかった、ところが自家受粉して得られた雑種第2代では隠れていた性質の一部が現れたということも考えられます。自家受粉して得られた種子から育ったものは、親とはずいぶん違った性質が現れるかもしれません。

栽培植物では、たとえば水田に植えられたイネを見ると、草丈も、成熟時期や種子の大きさもそろっています。しかし、野生植物では同じ生息域に生えるものでも、発芽時期、成長速度、種子が熟す時期には相当程度の差があり、また、種子の大きさもばらばらなのが普通です。これは自然環境の下で何世代にもわたって生存し続けるための戦略だと考えられます。もし一斉に発芽し、成長途中で一帯の植物全部が動物に食べられてしまうと、その地域の子孫を残すことができません。また、春に一斉に芽を出した時、たまたま天候不順な年で雪が降ったりすると、芽を出していたものが全滅という事態も起こりえますが、このとき一部に遅く芽を出す種子があれば、なんとか生き延びて子孫を残すことができるでしょう。市販のトマトの苗や種子から生長したものは多くの場合、実の色や大きさが比較的そろっています。しかし、50年近く前の田舎の家庭菜園では、トマトは1本の植物になる果実の形や大きさがバラバラで、色も赤色の濃いものからオレンジ色の濃いものまでまちまちでした。さすがに、黄色の実はつけませんでしたが。市販されているトマトの苗や種子は、大きさや色が相当程度そろっているのが普通ですが、これは元をたどれば、野生種に由来するものの交配と選抜を重ねることにより作り上げられた(品種改良された)ものです。しかし、トマトの株の遺伝子がすべてわかって品種改良したわけではないので、市販の品種でも、株同士の間で、大きさや色にある程度の差が見られることもあるでしょう。颯之介君が育てている株も実の大きさに差が大きくでるものだった可能性があります。果実の色の方は、どの程度色に違いがあるのか、文章だけからは分かりません。「黄色」は市販の黄色トマトのように黄色で、「赤」とははっきりした差があったのでしょうか?熟しても、一方が真っ赤で、他方が真っ黄色だったら相当変わった現象ですね?(下記参照)


回答「2」こちらは説明が難しいですね。他の植物ではこの現象に関係あると思われる現象がいくつか報告されています。例えば、1本のアサガオで青い花とピンクの花がつく例(「植物Q&A」で、「アサガオ」または「朝顔」で検索し、登録番号2485, 2907)、「咲き分け」と言って1つの植物体に色違いの花がつく現象が報告されています。このような植物は大変珍しいため、古くから多くの人に親しまれてきました。アサガオ以外にも、枝ごとに紅白の花を咲別ける源平咲きハナモモが有名です。これらの場合は、花の色をつける遺伝子の「スイッチ」が入ったり切れたりすることが明らかになっています。スイッチの部分には、トランスポゾンと呼ばれるものが関与していることが知られています(難しい内容ですが、詳しく知りたければ質問の登録番号4108などを見てください)。トマトのある品種に関しても、トランスポゾンがトマトの形に影響していることが明らかになっています。質問のトマトの場合は、サイズに関係する遺伝子や色素合成の遺伝子のスイッチがトランスポゾンや、そのほかの何らかの原因で乱されたという可能性が考えられますが、正確なことは調べてみないと分かりません。こうした普通の遺伝学の理解だけでは説明のつかない現象は、エピジェネティクスと呼ばれる分野で沢山研究されています。

颯之介君が自宅で育てたものは、昔栽培されていたトマトのように、大きさや色に関係する遺伝子のスイッチの入り方が、厳密には調節されていない可能性もありますが、正確なことは観察だけではわかりませんし、大変珍しい現象と思われます。もう一度確認できるかどうか、調べてみてもわからない可能性もあります。

できれば、詳しい記録を残しておくのがいいでしょう:種子または苗の入手先(種苗会社、品種名など)、育て方、植物体全体の写真、色の違う果実のクローズアップ写真(大きさが分かるように定規の目盛りも同時に撮影)、撮影の日時等。

(回答の一部は木下哲博士(横浜市立大学)に補足説明をお願いしました)

櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2018-08-20
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