一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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葉緑体の原形質流動速度

質問者:   高校生   いなご
登録番号4327   登録日:2019-01-07
こんにちは
生物の授業でオオカナダモを用いて葉緑体の運動の観察を行いました。(夏前くらい)
その時は、葉緑体が活発に動いているのが観察できました。

つい最近(冬)、もう一度オオカナダモの観察を行いました。
授業で行ったときと全く同じ手順、温度や水温以外の条件は同じであったにもかかわらず葉緑体は少ししか動いていませんでした。

葉緑体の動きは寒くなると、あまり動かなくなるのですか?もしそうであるなら、それはどういった仕組みですか?
調べてみたら、寒いときには寒冷定位運動が起こるといった記事も見られましたが、観察した動きが寒冷定位運動のようなものではなく、静止しているような感じでしたので質問させていただきました。

いなごちゃん

みんなのひろば「植物Q&A]へようこそ。質問を歓迎します。
回答は、細胞生物学が専門の富永基樹博士(早稲田大学教育・総合科学学術院)にお願いしました。

【富永先生のご回答】
オオカナダモの細胞内で葉緑体がグルグルまわる現象は,原形質流動と呼ばれる細胞内の運動によって引き起こされることが知られています。原形質流動は様々な植物細胞内でみられる現象で,細胞小器官に結合したミオシンというモータータンパク質が,細胞骨格タンパク質の一種であるアクチン繊維の上を一定方向に運動する事で発生しています。アクチン繊維は文字通り繊維状のタンパク質で,植物細胞の内側にネットワーク状に張り巡らされています。その上をミオシンが細胞小器官を運搬しながら同じ方向に運動すると,細胞質全体で一定の流れが発生し,それを原形質流動と呼んでいます。流動の原動力であるミオシンは,エネルギーを使って運動するモータータンパク質です。その頭部は生体エネルギーであるATPを加水分解する酵素としての機能を持ちます。ATPの加水分解で得られたエネルギーにより,ミオシンはアクチン上をあたかも人が歩くように運動します。この時,1歩あたりおよそ1分子のATPが消費されることが分かっています。原形質流動速度とミオシンの歩幅から,植物ミオシンは1秒間におよそ100歩で運動していると見積もられます。
今回の質問で,冬に葉緑体の動きが鈍くなったのは,ミオシンの運動速度が酵素の活性に依存するためだと考えられます。ミオシンに限らず,タンパク質からなる酵素は,温度依存性という特性を持っています。それぞれの酵素には,その活性が最大になる最適温度があります。あまり温度が高くなると,タンパク質の熱変性により急激に活性を失ってしまいます。逆に最適温度より温度が低くなると,温度低下に伴ってどんどん酵素活性が下がります。正確には調べられていませんが,植物ミオシンがATPを1秒あたり100個分解できるは25~30℃あたりです。冬場ですと夏より気温や水温が20℃近く低いため,ミオシンの酵素活性がかなり抑えられます。それに伴い運動速度も低下し,原形質流動がほとんど停止したように見えたのだと思われます。もし冬でも活発な原形質流動を観察したい場合は,観察の前日から水や部屋の温度をヒーターで上げておくことをオススメします。
ちなみに,光や低温により引き起こされる葉緑体の定位運動は,葉緑体表面に結合している短いアクチン繊維が運動の原動力であり,ミオシンは関わっていないようです。すなわち,原形質流動とは全く異なったメカニズムで発生しているということも分かって来ています。
余談になりますが,原形質流動は200年以上前から植物で見つかっている現象です。しかしながらその役割は未だによく分かっていません。例えば,モデル植物シロイヌナズナでミオシンの遺伝子をノックアウトすると,植物が全体的に小さくなります。また,陸上植物の先祖である緑色藻類シャジクモは,10センチ近くになる非常に大きな細胞を持ち,オオカナダモや陸上植物の10倍以上速い原形質流動が発生しています。その原形質流動を発生するシャジクモミオシンは,生物界の中で一番速いモータータンパク質として知られています。そこで,シャジクモミオシンの頭部を,他の陸上植物のミオシンの頭部と遺伝子工学的に入れ替えてやると,植物が大きくなる事が分かりました。どうやら原形質流動は,植物の成長や大きさを調節する重要な因子として働いているのではないかということが分かって来ました。


富永 基樹(早稲田大学教育・総合科学学術院)
JSPPサイエンスアドバイザー
櫻井 英博
回答日:2019-01-21
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