一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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キュウリの漬物の脱色防止

質問者:   大学院生   クノウザン
登録番号4844   登録日:2020-08-18
先日、祖父母と話をしているなかで漬物のなかに茄子の漬物なら銅、キュウリの漬物なら真鍮をいっしょに浸けておくと発色が良くなるという話を聞きました。
そこでネットなどで調べてみたところ茄子の漬物なら、銅をいれることで発色が良くなるという商品を見つけました。
しかし、胡瓜についてはそういった商品が見つかりませんでした。
安全性を知るためにも茄子とキュウリの漬物にそれぞれ銅、真鍮をいれると発色が良くなる原理について知りたいと考えています。
自分が調べた限りだと、茄子の紫色の色素であるアントシアニンが銅イオンによって安定化するらしいのですがなぜ安定化するのかわかりません。
また、キュウリの漬物なら緑色の色素であるクロロフィルが亜鉛イオンと銅イオンによって安定化するらしいのですが、安定化の原理がわかりません。
以上の二点の原理についてお教えいただけないでしょうか?
クノウザンさん

みんなのひろば 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
分子の安定性に関するご質問は純粋に化学(物理化学)の問題で分子内の電子分布や分子内結合エネルギー状態が関わるもので、このコーナーで判りやすく解説することは範囲外の課題です。このことを前提として私どもでわかる範囲でお答えします。きちんと理解するためには原子の構造、電子軌道と電子の状態などを習熟する必要があります。

漬け物を作るときにさび釘を入れるとか、野菜をゆでるときに銅鍋を使うと色がよくなる、と言ったことは経験的に古くから言われていたことですが、その化学的根拠を明確に示した研究も多くはありません。ご質問でナスとキュウリが挙げられていますが、その色素は全く違うので安定化の仕組みも違います。さらに有機物質が安定とか不安定とか言う場合、光、酸素、水の存在と温度が大きく影響します。ナスの紫色はアントシアニジンを発色団とする色素ですが、キュウリの色はクロロフィルによるものです。ご承知のようにアントシアニジンはpHによって色が大きく変化します。同じ分子でありながら、pHの違い(プロトン濃度の違い)によって分子内の電子分布が異なり、結果として光の吸収波長が異なるためです。ナスの場合はナスニンと言う4-ヒドロキシ桂皮酸が結合したアントシアニンですが、その発色団はデルフィニジンで弱酸・中性でAl、Feなどの金属があると配位結合によってナスニンが結合し鮮やかな紫色の錯体となって安定化します。しかし、その後の研究によれば、花のアントシアニンはアントシアニン自体が重層(スタッキング)して安定な花色をする場合、無色の桂皮酸誘導体との重層(コピグメンテーション)、さらにはこれらのアントシアニジン部分と金属との錯体にコーヒー酸(3,4-ジヒドロキシ桂皮酸)が結合すると安定化することが判ってきて、細胞の中にあるときのアントシアニン色素は非常に複雑な超分子安定構造を保っていることが判ってきました。細胞内にあるアントシアニンの構造、安定性については
https://katosei.jsbba.or.jp/download_pdf.php?aid=101524
に詳しい解説があります。是非、参照して下さい。

キュウリ漬け物に見られるクロロフィルの安定化は全く別の仕組みのようです。クロロフィルのテトラピロール構造は中心にMgを配位していますが光存在下では不安定で常に分解されています。そのため生体内では活発な生合成によって必要量を保っています。葉緑体にあるときにはいくつかのタンパク質と会合してある程度安定化していますが、漬け物のような処理を行うと、生体としての機能が喪失するので、タンパク質との会合が壊され、配位していたMgも失われて色調が変化します。しかし、鉄イオン、銅イオンがあるとMgと置き換わり緑色が保てます。漬け物ばかりでなく、緑葉野菜を茹でるとき金属銅があると(銅鍋を使うなど)銅イオンがMgと一部置換してのテトラピロール構造が安定化して、茹でた緑葉野菜の色が鮮やかになると理解されています。
https://www.kobe-yamate.ac.jp/library/journal/pdf/college/kiyo57/57hara.pdf 参照
これらの知見に基づいて化学的にクロロフィルのMgを銅と置換した「銅クロロフィル」と呼ばれる人工物はきわめて安定で緑色色素として使用されているようですが問題点も指摘されています。
https://www.pref.aichi.jp/eiseiken/gijyutu/19941804.pdf 参照
このように、生体色素分子の状態は細胞内にあるときと細胞外に取り出されたときとでは大きく違いますので、経験的な知見の化学的根拠が明確にされているわけではありません。
今関 英雅(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2020-09-03
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