一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

チェックリストに保存

香りの抽出

質問者:   会社員   あいす
登録番号4908   登録日:2020-10-30
飲食業で働いております。
香りを水や油に移すときに、その植物の香りが親油性か、親水性かの判断はどうやってするのでしょうか?
調べたところ、油水分配係数o/wが1以下なら親水性、1以上なら親油性と書かれていましたが植物の分配係数を調べても出てくることはありません。
あいす様

ご質問ありがとうございます。
回答は、香料の化学が専門の藤森嶺博士(農学、一般社団法人フレーバー・フレグランス協会代表理事、東京農業大学客員教授)にお願いしました。

【藤森先生の回答】
“植物の香り”といっても、香りは植物が有する多数の香気成分に由来し、その香気成分がヒトの嗅覚器にある嗅覚細胞の受容体に結合することにより、その刺激が脳に伝えられて嗅覚が生じます。匂い物質の受容体は、ヒトでは約300種類、イヌでは約1000種類程度あるといわれています。受容体の種類と刺激の程度の組み合わせで、ヒトの脳は、シソの香り、オレンジの香り等を区別して認識しています。食材の香りを料理に移すといっても、食材ごとに化合物の種類と量が異なり、匂い物質の油水分配係数(o/w、後述)も異なります。植物精油の分配係数は化合物の種類ごとに値が異なり、例えば、シソでは主な香り成分としてペリルアルデヒド、ペリルアルコール、リモネンの3種のモノテルペンが知られていますが、それぞれの成分ごとに油水分配係数が異なり、また他の化合物も嗅覚に影響します。モノテルペン類は一般に親油性ですから、シソの香りは親油性だと表現しても、実用的には問題ないかもしれません。しかし、焙煎したコーヒーの香りとなると、嗅覚に関係する化合物の種類と量は、コーヒー豆の品種、産地、加工法等により実に様々であり、それぞれの化合物の油水分配係数も様々です。したがって、「コーヒーの香り物質は、親水性か親油性か」という問いに対しては、十分には答えられないことになります。別の例としてバラの精油成分で見てみると一般に含有量が一番多いはずのβ-フェニルエチルアルコールは水蒸気蒸留の際に水層の方へ多く移行するために精油の中にはそれほど多く存在しないことになります。親油性と言われる精油成分も官能基(化学用語:分子の反応性に影響する原子団)の種類によっては水にかなり溶けこむことになります。しかも最初に書いたように、匂い感覚は、多種類の匂い物質受容体の興奮の程度を、脳が総合的に判断することにより決まるので、個人差があります。
現実的問題としては、料理では食材の香りをいかに料理に移すかが重要な課題となりますが、香り成分の種類もそれぞれの油水分配係数もいろいろなので、料理人は食材に応じて香りを移す技術を使い分けているのではないでしょうか?
なお、化合物の油水分配係数(o/w)は、純粋な化合物をイソオクタノールと水の混合液と十分に攪拌したのち静置し、相分離後に、イソオクタノールを多く含む上層と、水を多く含む下層中の化合物濃度を測定し、その比率から算出します。
藤森 嶺(一般社団法人フレーバー・フレグランス協会・東京農業大学)
JSPPサイエンスアドバイザー
櫻井 英博
回答日:2020-11-18
植物 Q&A 検索
Facebook注目度ランキング
チェックリスト
前に見たQ&A
入会案内