一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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何をもって植物に必要な肥料の量を決めたのか。

質問者:   その他   ゆーと
登録番号5077   登録日:2021-05-16
初めて質問いたします。
育苗農家さんのところで、修行をしているものです。

苗を育てるにあたり、作物によって肥料をたくさん必要とするものと、少量で構わないもの(むしろ多いとダメになってしまうもの)がある、ということを教えられました。
また、根は水と一緒でなければ栄養分を吸収できず、雨などで水分があるところには、土壌に豊かな生態系が存在するとも教わりました。

以上の点を踏まえると、
肥料がたくさん必要と言われている植物は、本当は栄養が多く必要なのではなくて、水分と栄養がたくさんある環境の中でも自分のペースで生きられらように「吸収や成長の効率性を下げて進化(or退化?)していったのではないか。」

逆に肥料分をあまり多く必要としない植物は、少量の水分と栄養分しかない環境の中で「吸収と成長の効率性を上げて進化していったのではないか。」と考えました。


そこで、
「肥料を多く必要とするものと、少なくて済むもの(多いとダメなもの)の根や葉などの構造、光合成などの活動に違い」があれば教えていただきたいです。
ゆーとさん

みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
ご質問は、植物の形態、生理、生理生態、栄養、進化などに関わる広い内容を含みますので端的にお答えすることが難しいものです。
基本的な考え方として進化は環境から受ける圧力による染色体構造・組成の変化によるとします。ただし、この変化の結果生じた変異種が、その環境下で生存し繁殖できたことが重要な要素です。これの結果が今日よく話題になる種の多様性(形態的多様性、働き方や刺激応答性-代謝-の多様性など)をもたらし、交配による生殖が成立しないほどのゲノム変化に基づく種の隔離を生じています。さらに、農業、園芸においては交配可能な範囲での人為的な異種、異品種交配や放射線照射による変異幅の拡大と言った育種操作でゲノム構成を変化させて人が希望する形質をもった品種、栽培種の多様性が加わります。これらのゲノム組成の変化によって、形態ばかりでなく、肥料栄養吸収の好みや必要量を含む多くの代謝機能にも差が出てきます。
次に、植物個体は常に効率的に生き、生長し、繁殖するために時々刻々環境(温度、照度、湿度、栄養組成など)の変化に対応しながら生育しています。緑色植物の生きる原動力は光合成、光合成産物を原料とした自己生産と呼吸作用(広い意味での物質代謝、エネルギー代謝)で、肥料栄養はこれらの作業を行う上で必要な成分です。光合成のためには常に最適量の光を求め、葉の大きさ、向き、茎の伸びの速さを調整しています。また、自己生産(生長)のために必要な肥料成分を求める調節の仕組みを構築しています。肥料成分の吸収、移動、葉温調整、細胞内代謝に水は不可欠の要素で主として根で吸収され、体内を維管束系、アポプラスト、シンプラスト経由で各部分の水ポテンシャルに従い、物理的に移動します。また、根系は土壌中の湿度勾配を感知し湿度の高い方へと発達します。
さて、ご質問の要点「肥料を多く必要とするものと、少なくて済むもの(多いとダメなもの)の根や葉などの構造、光合成などの活動に違い」についてですが、進化によって種の多様性が構築されたことでもお判りのように、種によって、葉の小さいもの大きいもの、厚いもの薄いもの、成長速度の速いもの遅いもの、大きな貯蔵器官を形成するものやそうでないものといった違いは必然的に肥料栄養の必要総量も違ってきます。
炭素、水素、酸素以外の栄養素の殆どは特定の輸送体やチャンネルで吸収され、その速度は外部の肥料栄養の多寡よりも植物体自体の生理的必要性に応じて調節されています。土壌中にはたくさんあっても大部分は植物に吸収されない状態にあり、吸収しうる状態の濃度が極端に低い栄養イオンがあります。それらの吸収には例えば輸送体をたくさん形成して積極的に必要量を吸収したり(例:カルシウム)、特殊な吸収の仕組みを確立したり(例:鉄やアルミニウム)して土壌中濃度よりも細胞内濃度の方が高くなります。
しかし、「少なくて済むものは多いとダメなもの」とは限りません。少なくて済むときには吸収量を少なく調節しますから土壌内肥料量の多寡とは関係ないことになります。むしろ、肥料が「多すぎる」と水ポテンシャルは細胞内より土壌の方が低くなるので水吸収が出来なくなり有害です。
光合成に関しては、進化的に特殊な光合成の仕組みを備えている場合もあります。トウモロコシ、サトウキビなどでは葉肉細胞で二酸化炭素(実際は重炭酸イオン)とC3化合物を結合させてC4化合物とし、維管束周囲に形態的にも機能的にも特殊に分化した維管束鞘細胞に運び、ここで二酸化炭素を放出して炭酸固定反応を行うようにしています(C4型光合成)。その利点は葉肉細胞で二酸化炭素を濃縮することになり、維管束鞘細胞では二酸化炭素濃度が高くなり光呼吸を低下させることが出来ることです(登録番号2403, 3422参照)。形態的な変化はありませんが、砂漠などように高温乾燥地では夜明け前に気孔を開いて二酸化炭素を取り込みC4化合物として蓄積し、日中は気孔を閉じて蒸散を防ぎながら、C4から二酸化炭素を取り出して光合成的炭素固定をするもので(CAM型光合成)、同じ葉肉細胞が体内時計によるリズムにしたがって違った働きをする点が違います(登録番号1341, 4365, 4584参照)。

本コーナーにはイオン吸収に関するご質問が多くありますので、「吸収」で検索するとかなりたくさんのQ&Aがありますのでご参考になさってください。
今関 英雅(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2021-06-08
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