一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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フロリゲン研究の今後

質問者:   その他   佐藤 公
登録番号0572   登録日:2006-04-04
このコーナー、2回目の質問です。

昨年ですが、フロリゲン(実はFTタンパク質)がみつかったという新聞記事があり、授業でもそれを用いて簡単に説明したところ、生徒は70年ぶりに見つかったということで、かなり興味を持って聞いていました。

さて、あとはそれが葉の維管束の細胞から芽の細胞に運ばれる段階が実証されるだけのようなのですが、どのような実験手法をとるのか、どのような難しさがあるのかなど、「フロリゲン研究の今後」ということで、解説をよろしくお願いいたします。
佐藤 公 さん:

登録番号0572の回答をフロリゲンの研究で最先端を走っておられる京都大学 荒木 崇先生に伺いました。大変丁寧な解説を頂きました。実際の実験方法に関しては荒木先生のHP(下記)にも写真がありますので参考にして下さい。
http://cosmos.bot.kyoto-u.ac.jp/Araki-Lab/Japanese/Texts/2003_AR.html



佐藤 公 様

 京都大学の荒木と申します。「フロリゲンはFT蛋白質ではないか」という私たちの研究成果を早速授業でご紹介くださったとのことで、大変に光栄です。振り返りますと、私も高校時代の生物の先生方が新しい研究成果の紹介や大学レベルの実験などを取り入れた意欲的な授業をしてくださったことが現在の道に進む大きなきっかけになりました。

 さて、「フロリゲン研究の現在と今後」ですが、まず、輸送されるのはメッセンジャーRNAであるという説がスウェーデンの研究グループによって出されました。提出された証拠はそれらしく見えますが、葉から茎頂への輸送を異論の余地なく示したものではなく、決定打とは言えません。また、今週になって、イスラエルの研究グループがトマトのFT遺伝子の場合には、メッセンジャーRNAの輸送が 確認できない、という論文を出しております。私の研究室でも昨年夏から検証に取り組んでおりますが、まだ確信の持てる結論には至っていません。ある物質が葉の細胞から茎頂の細胞に輸送されることを証明しようという場合に、もっとも強力な実験は、1分子の動きを追い、それが葉の細胞から茎頂の細胞に移動することを示すことです。これが理想的な実験ですが、現在の技術では不可能に近いと考えております。どうしても、「葉の細胞にはたくさんあるが茎頂の細胞では検出できない」という状態から、「茎頂の細胞でも検出できる」という状態への変化をとらえることで、移動(輸送)をとらえたとみなす、という「間接的な」実験に頼らざるを得ません。ここで問題になるのが、「茎頂の細胞でも検出できる」という状態になったときに、検出された分子が茎頂の細胞でつくられたものでない(したがって、どこかよそから移動してきたに違いない)ことをどこまで厳密に論証できるかです。スウェーデンの研究グループの実験が「決定打ではない」といったのは、この点の詰めが甘いからと考えるからです。

 それでは、どういう方法を用いるかですが、私たちはこれまでフロリゲンの研究に用いられてきた接ぎ木実験を使うことを考えております。私たちはシロイヌナズナという植物を用いて研究していますが、実験には、発芽して間もない若い芽生え(数ミリ程度の大きさ)を使い、実体顕微鏡下で接ぎ木手術をおこないます。台木(根を残す方)とする芽生えの胚軸(2枚の子葉と根の間の軸状の部分)に浅い切れ込みを入れ、そこに接穂とする芽生えのくさび形に切った胚軸を挿入します。このやり方の接ぎ木の場合、台木は根だけでなく、茎頂も残ります。さて、台木としてFT遺伝子が壊れている突然変異体(遅咲きになる)を用い、接穂には人工的に改変して目印を付けたFT遺伝子を持つ遺伝子組換え植物(極早咲きになる)を用いて、接ぎ木をおこないます。この組み合わせの接ぎ木をおこなった場合に、台木の遅咲きの程度が大幅に改善されることを確認しています。つまり接穂によって台木の花成が大幅に促進されます。何かが接穂から台木に伝達され、花成を促したと考えられます。この接ぎ木の組み合わせで、台木の茎頂の細胞で「目印を付けたFT遺伝子」のメッセンジャーRNAか蛋白質(これにも目印がつきます)が検出できれば、接穂から台木にメッセンジャーRNAか蛋白質が移動したことになります。台木の細胞には「目印を付けたFT遺伝子」はないので、検出されたものは台木の細胞がつくったものではあり得ません。このように書くと、非常に簡単ですぐにもできそうな実験のように思えます(事実、私もそう考えました)が、実際には技術的に非常に難しいのです。

 ところで、輸送される分子の形態は、蛋白質(あるいはメッセンジャーRNA)だろうと私たちは考えましたが、スウェーデンの研究グループはメッセンジャーRNAであるとしました。蛋白質かメッセンジャーRNAか、あるいはその両方であるのかについてはまだ決着がついておりません。興味深いことに、セイヨウナタネの茎の篩管の中を流れる篩管液を分析したところ約200種の蛋白質が見つかり、その中にFT蛋白質があった、という論文が今年の2月に出ております。このことも考えますと、蛋白質が輸送される可能性は高いのではないかと考えております。一方、ほとんどのアミノ酸に対して複数のコドンが対応していることを利用して、私の研究室では、もともとのFT遺伝子とメッセンジャーRNAの塩基配列は全く異なるが、蛋白質のアミノ酸配列は全く同じである人工FT遺伝子をつくりました。この人工FT遺伝子のメッセンジャーRNAはもともとのFT遺伝子のメッセンジャーRNAとは立体構造(分子の形)が全く異なります。もし、メッセンジャーRNAが運ばれるのだとしたら、分子の形を全く変えてしまうことで、もはや運ばれなくなることが予想されます。私たちは本来のFT遺伝子の代わりにこの人工FT遺伝子を持つ植物をつくって、人工FT遺伝子が「フロリゲン遺伝子」としてはたらくことができるかを調べ始めております。もし、人工FT遺伝子が「フロリゲン遺伝子」としてはたらくことができないのであれば、メッセンジャーRNAが重要だということになります。反対に、はたらくことができれば、重要なのは蛋白質であることになります。結果を楽しみに待っているところです。
 この問題に関しては、現在、不気味に静まりかえっているように感じられます。間違いなく、私の研究室を含めて多くの研究室が検証にしのぎを削っているはずです。何人かの顔が目に浮かびます。彼らは、私と同じように、決定的な証拠をつかむまでは、今はまだ軽々しくは語るまい、と考えているのだと思います。

荒木 崇(京都大学大学院理学研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2006-04-17
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