一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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フィトクロムと花芽形成について

質問者:   高校生   前田
登録番号0597   登録日:2006-04-20
短日植物では暗期にR光によってPfr型にしても最終的にPr型に戻してしまえさえすれば花芽形成がなされるというように習いました。
それについて幾つか疑問に思ったことがあります。

□Pr型とPfr型の吸光度がほぼ同じ波長の光で光中断を行う。
□暗期のほとんどを①R光→FR光連続照射、②R光長時間照射→FR光、に費やす。

これらの場合の花芽形成の有無はどうなるのでしょうか。

前田さん

今回は、筑波にある農業生物資源研究所で、短日植物のイネを用いて光と開花時期の関係を研究されている井澤さんに回答していただきました。前田さんの質問へのお答えとしては、開花が遅れる可能性が高いということになりますが、回答では、この予想が得られるまでの議論を大変詳しく記述してくださいました。よく読んでみて下さい。

(今回の質問に対する一般読者の方への補足説明)質問にあるR光とは赤色光、FR光とは遠赤色光のことです。遠赤色光は、赤色光よりも波長の長い光で近赤外光と呼ばれることもありますが、現在では遠赤色光という名称が推奨されています。また、PrやPfrは光受容体フィトクロムの光吸収型を区別する時に用いる名称で、Prは赤色光を吸収する型を、Pfrは遠赤色光を吸収する型を示します。PfrとPrは光を吸収し、互いに構造変換するという性質があります。典型的なフィトクロムではPfrが活性型となります。


前田さん、

面白い質問をありがとうございます。

フィトクロムを最終的にPr型にしてしまえば、花芽形成がおこると習ったとのことですが、これは、1950年代のおなもみやダイズなどをつかった実験報告のことをさしているのだと思います。
確かに、多くの短日植物は、暗期の半ばに、数分間の赤色光(R光)を照射すると、短日条件で育てていても花芽形成が阻害されます。このことは、Pfr型が花芽形成を抑制するのだと考えられています。また、このR光のパルスの効果は、遠赤色光(FR光)で、打ち消すことができ、R光・FR光パルスの繰り返しは可逆的に反応します。そして、最終的に、FR光を当てて、フィトクロムをPr型にしてやると、花芽をつけるようです。ちなみに、このタイプの実験は、光中断実験と呼ばれています。短日植物が夜の長さを認識しているとの考えはこの実験結果が基になっています。

ただし、その当時は、花芽形成に生物時計が重要な働きをしているという仮説に、フィトクロム光受容体を主に研究していた学者達はあまり関心をしめていなかったようです。

1960年代になり、生物時計も花芽形成に重要であることが広く認識されてから、再度、光中断実験が行われ、短日植物である朝顔を使った実験から、暗期開始後、8-9時間の比較的短い間に、R光に非常に感受性の高い時間帯が存在することがわかってきました。つまり、植物は、真夜中のR光に敏感なわけです。つまり、真夜中を認識できてるわけですね。

さて、話が複雑になるのは、ここからです。かなり短い明期(4時間明期とか)後の暗期で、同じ光中断実験を FR光のパルスで行うと、暗期開始直後は、なんと、花芽形成を抑制するのです。この現象は多くの短日植物に観察されています。つまり、この条件では、暗期開始直後はPfr型が花芽形成を促進すると解釈できる結果が得られたわけです。そして、この効果は、暗期開始からFR光をあてるまでの時間がたつにつれて、弱くなります。また、朝顔の実験結果によると、暗期開始から8時間頃は、R光もFR光も開花を抑制する効果があるようです。また、限界日長に近い短日条件では、FR光は逆の効果を示します。この結果はEnd of Day FR効果と呼ばれています。

さて、ご質問に対する答えですが、上記のような過去の知見を参考に、お尋ねの実験をしたら、どんな結果が一番期待できるのだろうということで、お答えさせていただきます。

まず、最初の質問に対して答えです。比較的短い明期後に、長い誘導暗期を与える実験条件を仮定してですが、光パルスの吸光度が一緒ということは、フィトクロム全体の50%程度はPfr型だと考えられます。(もちろん、フィトクロムが光を吸収できる波長でのことです。)ですから、暗期開始直後は、花芽形成に必要なPfr型が減ることで、開花抑制が観察される可能性があります。(このタイミングではR光のみでは効果がないはずです。)暗期開始後8時間頃は、Pfrによる促進も抑制も両方を考慮すべき時間帯ですが、R光もFR光も開花抑制をおこすタイミングなので、基本的には開花抑制をおこすでしょう。ただし、花芽形成に必要なPfrと抑制に働くPfrの競合になるポイントがあるはずなので、ちょっとした波長の違いによって、結果が変わるかもしれません。そして、暗期開始から半日以上たつと、どちらの光パルスを当てても、明確な抑制は見えなくなると考えられます。ただし、R光の効果は連続暗期中で約24時間の周期を示すので、光を当てるタイミングによっては、R光の効果で、抑制が見られることもあると考えられます。また、明期が限界日長に近いときは、Pfr型の抑制効果のみと考えられますが、Pfr型が存在する以上、吸光度が一緒の光パルスで、花芽形成は抑制を受けると考えられます。ちなみに、光中断は白色光でも観察されます。青色光の効果は弱いようですが。

さて、最初の質問に対する答えを、これまでの生理学的実験結果から予想してお答えすると上記のようになります。が、今日はさらに、この10年間でわかってきた、突然変異体等を用いた分子遺伝学解析からの知見を加えて、少し考察してみます。

これまでの、植物の分子遺伝学的知見の多くは、長日植物であるシロイヌナズナという名前の実験モデル植物からの知見で、短日植物に関しては、それほど、多くの知見がありません。が、この数年、短日植物であるイネを用いた結果が、報告され始めています。

まず、シロイヌナズナからの結果ですが、生理学的知見と比較しての大きな変化は、フィトクロムに光の作用がことなる大きく2種類のタイプがあることがわかってきたことです。

ひとつは、これまでの常識通り、R光でつくられたPfr型フィトクロムが働き、生理反応を引き起こし、FR光でPr型になると、その作用を打ち消すことができるフィトクロムB(PHYB)タイプで、少量ですが、一日の中で植物細胞内に常に存在してるフィトクロムです。

もうひとつは、生化学的には、PHYB同様に、Pr型Pfr型に可逆的に変換するのですが、生理反応で見ると、R光もFR光も、同じ生理反応を引き起こし、FR光で反応を打ち消すことができないフィトクロムA(PHYA)タイプです。

そして、シロイヌナズナの解析からはPHYBタイプが開花の抑制に、PHYAタイプは開花の促進に働いていることがわかっています。ただし、このPHYAタイプは光を受けると分解されてしまうので、長時間、植物が暗い環境に置かれたときに積極的に働くフィトクロムのようです。例えば、光発芽のときに、重要な働きをしていることがわかっています。(証明はされていませんが、FR光にも、100%Pr型のフィトクロムをごく一部Pfr型に変える作用がありますから、PHYAタイプのフィトクロムは極少量のPfr型タンパク質でも生理反応を起す能力があるのだろうと予想されています。)

一方、短日植物のイネにもPHYBタイプ、PHYAタイプがありますが、突然変異体の解析からは、そのフィトクロムも花芽形成抑制に効いているとの知見が得られています。例えば、PHYBが光中断による花芽形成抑制に重要な働きをしていることが最近報告されています。つまり、イネでは、Pfr型が花芽形成に必要である証拠が分子遺伝学からは得られていません。今後、暗期直後のFR光の効果を突然変異体等を使って調べる必要があります。

ここで忘れていけないのが、フィトクロム以外の光受容体の花芽形成への効果です。最近の知見では、シロイヌナズナやイネなどの植物種では、青色光が花芽形成に重要な役割をしていることが明らかとなってきました。青色光の効果がほとんどない植物も存在するようです。シロイヌナズナでは、その光受容体がクリプトクロムと呼ばれる光受容体であることも明らかとなっています。そして、短日植物イネでは、青色光が、(多分、)クリプトクロム光受容体を介して、花芽形成を促進し、フィトクロムを介して、花芽形成を抑制する。そして、生物時計の働きとの相互作用で、長日条件では、フィトクロムによる花芽形成の抑制がより強く働くことで、イネが短日条件で花を咲かせるということが明らかとなっています。

こういった知見を考慮して、2つ目の質問の答えを考えると、

まず、①の条件ですが、まず、最初の質問の答えにある実験条件を仮定してですが、暗期開始直後のR光パルスはほとんど作用がないと考えられます。そして、次の、連続FR光の効果をパルスと連続光に分けて考えると、イネでも、暗期開始直後のFR光パルスは、Pfr型要求性の花芽形成を抑制するとの報告があります。ただし、イネの分子遺伝学からの知見は、イネでのPfr型要求性の花芽形成をサポートしていません。その意味で、予想を立てるのが非常に難しい状態です。次に、連続FR光の効果ですが、PHYAを介する効果になるはずですが、こちらは、花芽形成抑制に働く可能性が高いと考えられます。ただ、イネのPHYA突然変異体自体は、通常の短日・長日・自然条件で、イネの開花を変化させず、PHYBがない変異体と組み合わせたときに始めて、明確に、花芽形成を抑制しているとの結果が得られているので、これもやってみないとわからないといえます。ということで、①は、試してみないとわからないというのが正直な答えです。

そして、②の条件ですが、イネでは、R光はフィロクトムを介して、はっきりと開花を抑制しますから、R光の延長・連続照射は強い抑制を示すはずです。しかも、強い長日条件になるわけですから。そして、連続R光の最後のFR光は、Pfrによる抑制解除する可能性はありますが、積極的に促進することはできないと考えられます。そこで、②は、花が咲かなくなる可能性が非常に高いと考えられます。

最後になりますが、上記の分子遺伝学的知見と生理学的知見の食い違いに関するコメントです。最近の分子遺伝学での、突然変異体を使った実験のほとんどは、それほど多くの生理条件を試されていません。例えば、単純な短日条件・長日条件のみでは、イネのフィトクロムは開花を抑制しているとの結果になりますが、FR光での光中断実験(もしくは、End of Day FR実験)は試してみないとわからないわけです。事実、野生型のイネでは、暗期開始直後のFR光の開花抑制効果の報告があるわけですから。ということで、各種フィトクロム突然変異体を用いた生理実験は、まさにこれからの実験です。こういった実験を進めていけば、前田さんの質問にも、もっと的確に答えが出せるように思います。

いまの植物科学の分野は、若い学生さん達の素朴な疑問が非常に大切な発見につながる可能性が高いのではと思います。

貴重な質問をありがとうございました。

井澤 毅((独)農業生物資源研究所)
広報委員、京都大学
河内孝之
回答日:2006-04-26
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