一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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光合成能の有無について

質問者:   その他   相澤浩介
登録番号0661   登録日:2006-05-12
私は現在植物組織培養を用いて植物がもつ特異性についての研究を行っています。
以前から疑問に思っていたことがあったので今回質問させて頂きました。
お忙しいとは思いますが回答の程よろしくお願いします。

<質問内容>
植物をカルス化した際に光合成能が低下すると聞いたのですが、なぜカルス化すると光合成能が低下するのでしょうか?
相澤浩介 様

日本植物生理学会・みんなのひろば・質問コーナーに質問をお寄せ下さりありがとうございました。このご質問への回答は、植物カルスの生理機能に詳しい京都大学大学院・生命科学研究科の佐藤文彦先生にお願いしました。ご参考にしてください。


[回答]
御質問ありがとうございます。植物の増殖と分化に関する本質的な質問であり、正確な回答はまだできる段階ではありませんが、現時点での解釈をお知らせします。

1つの考え方は、カルス化(いわゆる植物の細胞の無限増殖の誘導)によって、植物の分化が解除されるという考え方です。光合成は、葉緑体(色素体)が光合成機能を持つ形に機能分化したものであり、活発に増殖する細胞(組織)では、原色素体と呼ばれる未分化の色素体の状態になると考えられます。簡単にいいますと、活発に増殖しているカルスの状態では、葉緑体が光合成機能を発現する葉緑体になる暇もなく、分裂・増殖し、維持されているということが考えられます。

別の解釈としては、光合成遺伝子特異的に、カルス化に必要な植物ホルモンであるオーキシンや、活発な細胞増殖に必要な糖の添加が、光合成機能に必要な遺伝子の発現を抑制するということがあります。あるいは、通常のカルス培養では、葉緑体の機能分化に必要な(光)シグナル伝達系が活性化されていない(抑制されている)可能性もあります。根など、分化した組織で、葉緑体の分化が起こらないのは、このような光合成遺伝子の発現を抑制する仕組みがあると考えられます。このように、カルス細胞における光合成遺伝子の発現制御の仕組みがすこしずつわかり出しています。

さらには、カルス化に伴って、葉肉細胞では細胞表面に張り付いていた葉緑体が細胞表面から、細胞内にずり落ちてしまう傾向が見られます。光合成遺伝子の発現の抑制とともに、こうした細胞内局在性の変化に伴い、二酸化炭素の供給が低下し、カルスにおける光合成機能の低下がもたらされています。実際のカルスでは、これらの効果が複合して、その光合成能を低下させていると考えられます。

 一方、カルスの状態でも、光合成のみにより生育できる細胞が選抜等により確立されています。こうした細胞は、通常の非選抜株と比べて、生育が遅く、最初に述べた、分化と増殖にトレードオフの関係があることが支持されます。また、これらの細胞では糖による光合成遺伝子発現の抑制が少ない事も認められています。一方、大気中の二酸化炭素濃度の増加が光合成的生育に必要です。これらの結果は、光合成という機能を発現するためには、様々な遺伝子が協調し、かつ、細胞内、あるいは、組織的な構造を持つ必要があることを示しています。

カルスにおける光合成機能の発現は、植物細胞における葉緑体と核遺伝子の間の壮絶な駆け引きを反映しているのではないかと感じております。こうした現象の解明に興味をもつ方が増えることを楽しみにしております。

なお、光合成のみにより生育する細胞については、日本植物生理学会みんなのひろばの画像ギャラリー『6.試験管の中で植物細胞を育てる』を参照して下さい。

佐藤 文彦(京都大学大学院・生命科学研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤公行
回答日:2006-05-18
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