一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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ホルモンは植物体のどこを通って移動するのか

質問者:   教員   gyororin
登録番号0995   登録日:2006-08-28
高校の生物の教科書には、花成ホルモンが師管を通って移動することが載っており、オーキシンについても「登録番号0280」への回答にあるように師管を通って離れた部分に移動する場合があるようですが、他のホルモンも師管を通って移動するのでしょうか。また、気体でかつ水に溶けないエチレンは、気体として植物内部に浸透するのでしょうか。

[追加質問]

この場合、柱頭で合成されたエチレンは空気中に放出されて花弁に作用するのか、エチレンを含む水溶液が植物体内を細胞間または維管束系を通じて移動するか、どちらでしょうか。
教科書に、密閉容器に、リンゴと未熟なバナナを入れておくとバナナの成熟が進み、リンゴと水にさした葉の付いた枝を一緒にしておくと落葉が促進されるとの記述があります。
この場合は、リンゴから発生した気体のエチレンが、バナナの細胞中の水溶液にとけ込んで成熟させたり、葉柄の細胞にとけ込んで離層を形成したりするのでしょうか。
バナナや葉の付いた枝自身のエチレン合成が盛んになり、成熟したり、離層を形成したりする可能性はないのでしょうか。
また、水にさした枝の場合は、リンゴから発生した気体のエチレンがさしてある水に溶け、エチレンが細胞間または維管束系を通じて移動し、離層を形成するという可能性はあるのでしょうか。
gyororin さん:

植物ホルモンが移動することは一般によく言われていますが、その移動は動物におけるホルモンの移動と意味がかなり異なっています。一番はっきりしている移動はオーキシンの極性移動で、茎頂、若い葉などで合成され、先端部から基部(根端)へ向かう(求底的)移動をします。この移動は導管、篩管などの管状組織の中を「流れる」ような移動ではありません。2種類の特別なタンパク質が関与し、1つは細胞からオーキシンを吐き出す、1つはオーキシンを細胞内へ取り込む、働きをしています。オーキシンの「吐き出しタンパク質」は細胞の底側に、「取り込みタンパク質」は先端側に局在していますので、上の細胞の底側にある「吐き出しタンパク質」で細胞外(細胞壁を含む空間)に出されたオーキシンは、下に接する細胞の上端側にある「取り込みタンパク質」で細胞内に取り込まれます(一種のバケツリレーみたいなものです)。これらの吐き出しタンパク質、取り込みタンパク質はどの細胞にあるかが問題ですが、茎では維管束内の形成層と導管、篩管の周辺にある柔細胞にあります。ですからオーキシンの極性移動はこれらの細胞を通して起こります。篩管の中にもオーキシンの存在は知られていますが、篩管内のオーキシンには移動極性がなく、どちらの方向にも移動します。「登録番号0280への回答にあるように 師管を通って」とご理解されているようですが、登録番号0280では「樹皮を部分的にはぎ取るとオーキシンは上側にたまる」と説明されております。樹皮は導管、篩管の他、形成層、維管束柔細胞などたくさんの生きた細胞から出来ています。ですから樹皮の部分をオーキシンが移動することは間違いありませんが、それは篩管ではなくその周辺の細胞でのバケツリレーによるものです。
ジベレリン、アブシジン酸、サイトカイニンなどは、植物体のどの細胞でも合成され、ほとんどは合成された細胞でその機能を果たしています。腋芽、側根などが形成される初期にはオーキシンやサイトカイニンが必要ですが、これらはその場(つまり原基)で合成されます。また、アブシジン酸は、水分不足のときに気孔を閉じる信号となりますが、このようなときに緑色細胞で合成されます。篩管液にこれらの植物ホルモンが検出されますが、特殊な信号としての長距離輸送体と考えられます。たとえば、根で合成されたサイトカイニンは窒素栄養の供給を伝えるための信号として地上部に篩管を介して輸送もされます。また、局所的に与えたジベレリンは維管束系を通って移動します。
気体であるエチレンもまた、ほとんどすべての細胞で、必要なときに必要な細胞で合成されます。「気体でかつ水に溶けないエチレン」と表現されていますが、エチレンはかなり水に溶けます。25度では、気相と水相間の分配はおよそ10:1ですので、気相濃度の10%は水相(細胞内の液相と考えて結構です)に溶解しています。
ですから、細胞内の液体内でエチレンは合成され、まず水溶液として働きますが、細胞が接する外界(空気)のエチレン濃度は低いので、液相(細胞)から気相(外界)へと逃げ出していきます。ある組織・器官で作られたエチレンが他の組織・器官まで運ばれて作用することはないのか?との疑問が起こりますが、花のようにたくさんの要素器官が近接している複合器官では、柱頭が受粉するとエチレン合成が盛んになり、これが花弁(花冠)に作用して老化・褪色の引き金になっています。しかし、このような例は稀なことです。

今関 英雅(JSPPサイエンスアドバイザー)

[追加質問への回答]

Gyororin さん:

先回の回答でいささか舌足らずの感がありました。
雌しべが受粉したときに合成されるエチレンは「柱頭で合成される」とまでは分かっていません。雌しべ全体での合成を測定していますので「雌しべ全体」とお考えください。この場合は、雌しべで合成されたエチレンが花冠に囲まれた空間に放出され、花冠に達する道筋と、エチレンの前駆体(1-アミノシクロプロパン-1-カルボン酸、アミノ酸の1種)が雌しべで合成されて、これが花冠まで移動し(おそらく維管束系を介して)、花冠でエチレンに変化する道筋の2つの仕組みがあると解釈されています。
密閉した容器にリンゴと未熟バナナや切り枝を入れたときに、起こる現象は、リンゴが空気中に放出したエチレンがバナナや切り枝組織に達して作用するものです。バナナや切り枝の立場で見ると、周囲の環境に含まれる化学物質に反応したことになります(他感作用といいます)。切り枝をさした水にいったん溶けたエチレンが維管束系を移動して働く経路は、無いとは言い切れませんが、そのときにはエチレンはすでに離層に達していますから、効果が大きいとは考えられません。
果実などのエチレンの合成では、「自己触媒的合成」という性質があり、未熟バナナ(自身がエチレンを生成していない)に外からエチレンを与えると反応して成熟段階に入ります。ところが成熟段階に入るとバナナ自身のエチレン合成がはじまり、それにバナナが反応し成熟がさらに進行します。切り枝の落葉促進においても同じことが離層細胞で起こります。ですから、外からエチレンを与えて効果を見ると言うことは、自然ではまだはじまっていないけれども、やがては起こる現象を時間的に早めて見ることと同じことです。問題は、一番初めにでる、引き金となる、エチレンがどうして合成されはじめるか?ということですが、まだ一致した見解に達していません。
一番はじめにでるエチレンの作用を抑制すると果実は成熟や落葉が起こらないことは証明されています。
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2006-08-28
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