質問者:
その他
原田 吏
登録番号0277
登録日:2005-06-12
植物の物質輸送の仕組みとして、導管と師管がありますが、師管におけるスクロースの輸送機構を是非教えて下さい。みんなのひろば
師管の物質輸送機構について
どうしてポンプや弁の働きをする構造がないにも関わらず、必要な場所へ同化産物を輸送することができるのでしょうか?
能動輸送の仕組みが備わっているのでしょうか??
原田 吏さん:
お待たせしました。篩管内の物質転流について専門に研究されている北海道大学の山口淳二先生に回答をお願いしました。その理解のために簡単に補足しておきます。
植物における物質の移動は、短距離移動(隣同士の細胞間や細胞内の細胞小器官「オルガネラ」と細胞基質間など)と長距離移動(導管、篩管を介するもの、細胞壁内を通る移動など)とに分けて考えると便利ですが、両者はそのメカニズムは違いますがまったく別のものでなく、短距離移動系によって物質は長距離移動系へ移されますし、短距離移動系が連続して働いて維管束系を使わない長距離移動(例えば植物ホルモン、オーキシンの求底的移動)もあるなど、相互に密接に関連しています。また、移動・転流の方向については山口先生の説明にある「ソース」や「シンク」という「考え方」を加えると、これまた便利だと言うことです。実態としては、細胞分裂や成長など生活活動の活発な部分は、物質を大量に消費しますので植物体内に自然と物質の濃度勾配ができ、濃度の低い部分が「シンク」、相対的に濃度の高い部分が「ソース」と表現しているものです。しかし、「ある特定の部位の生活活動がどんな仕組みで活発になるのか」つまり、どうして、「シンク」になるのかについては未知の部分がたくさんあります。
まず、篩管でスクロースが輸送される意味から説明しましょう。
動物では循環系を利用して、グルコースが血管を流れ、各器官・細胞へと輸送されます。同様に、植物では、スクロースが篩管中を移動し、エネルギーを必要とする組織・細胞へと分配されます。このように、維管束は動物の循環系のような役割を果たすわけですが、ご指摘のように心臓に相当するポンプがありません。篩管を通って物質が長距離移動することを「篩部転流」といいますが、転流の駆動力として、圧流説(pressure-flow model)が広く支持されていますので、それを説明しましょう。
篩管は、縦長の細胞(篩要素)が同一平面上に複数並び、それが縦に積み重なった構造体です。縦に繋がった細胞の間には、篩板と呼ばれる多数の孔が空いている構造物で仕切られています。
光合成で生産されたスクロースは、まず篩管内に積み込まれますが、このような細胞・器官のことを「ソース」と呼びます。これに対して、スクロースが利用される細胞・器官のことを「シンク」と呼びます。活発に光合成をしている緑葉は典型的なソース器官であるのに対して、種子やイモが出来るところは典型的なシンク器官です。篩管における溶液の流れは、ソースとシンクの間に出来る内圧の差によって駆動されると考えられています。つまり、ソース付近の篩管では、スクロースが積み込まれますので、糖濃度が高まります。このため水が篩管(篩要素)内に流入し、膨圧が高まります。一方、シンク付近では、スクロースの積み下ろしが起きるので、結果として膨圧が低下します。
このようにシンクとソースの間の圧力差を駆動力としたスクロースの輸送は、これを支持する実験データも多いことから、正しいと考えられています。従ってスクロースはソース→シンクという方向で流れるのです。導管での輸送は、緑葉での蒸散を駆動力としますので、一方向ですが、篩部転流では、シンクとソースの上下位置が逆になれば、逆方向に輸送することも可能となります。葉から種子へは上方向ですが、葉からイモへの糖の流れは下方向になります。
次に、スクロースの篩管への積み込みについて説明しましょう。先程説明しましたように、緑葉のようなソース器官では維管束へのスクロースの積み込みが起こります。
篩管内のスクロース濃度は0.3〜0.9 Mくらいに達します。これに対してその周辺のソース細胞のスクロース濃度はその1/10程度です。ですから、スクロースの濃度からすると篩管の方が圧倒的に高く、篩管(高)>ソース細胞(低)という濃度勾配が生じます。ソース器官では、このような濃度勾配に逆らって、スクロースを篩管に積み込まなくてはなりません。このためには、スクローストランスポーターという特殊な輸送タンパク質が必要です。濃度勾配に逆らう物質輸送のことを能動輸送といいますが、スクローストランスポーターはまさにスクロースの能動輸送を行うためのタンパク質です。このタンパク質は、篩管(篩要素)の細胞膜に局在していて、細胞外にあるスクロース1分子の篩要素への輸送とともに水素イオン(H+)を同時に篩要素内に輸送します。この水素イオンの濃度は、篩管(低)<ソース細胞(高)となっていますので、水素イオンの濃度勾配を駆動力としてスクロースの能動輸送が行われます。
このような篩要素細胞内外の水素イオンの濃度勾配を維持するためにはエネルギーが必要で、ATPを分解しながら水素イオンを輸送する別のタンパク質が働いています。
一 方、シンクにおけるスクロースの積み下ろしは、篩管(高)>シンク細胞(低)というスクロース濃度勾配がありますので、比較的簡単に細胞間を移動すると考えられます。
今まで説明しましたように、篩管を通ったスクロースの輸送は、1)ソースにおける篩管への能動輸送、2)篩管内において、ソース→シンク方向への圧力差を利用した移動、の2段階を経て実現します。
植物には、心臓のようなダイナミックな構造体はありませんが、移動すべき物質の濃度勾配を駆動力とした派手さはありませんが、効率の良い駆動システムを持っていることになります。実際、このシステムで糖は1時間に0.3〜1.5 m 程度移動することが明らかとなっています。血流の速度と較べることは無意味ですが、植物の生活様式を考えれば十分速い循環システムといえます。また、ご指摘のあった血管内の「弁」に相当するのは、無理矢理こじつければ、篩要素間にある篩板が考えられます。篩要素間にこれがあることにより、物質が篩管内を移動する際の抵抗性が高まり、圧力差が維持されることになります。以上が植物の「循環系」の概略になります。
山口 淳二(北海道大学大学院理学研究科)
お待たせしました。篩管内の物質転流について専門に研究されている北海道大学の山口淳二先生に回答をお願いしました。その理解のために簡単に補足しておきます。
植物における物質の移動は、短距離移動(隣同士の細胞間や細胞内の細胞小器官「オルガネラ」と細胞基質間など)と長距離移動(導管、篩管を介するもの、細胞壁内を通る移動など)とに分けて考えると便利ですが、両者はそのメカニズムは違いますがまったく別のものでなく、短距離移動系によって物質は長距離移動系へ移されますし、短距離移動系が連続して働いて維管束系を使わない長距離移動(例えば植物ホルモン、オーキシンの求底的移動)もあるなど、相互に密接に関連しています。また、移動・転流の方向については山口先生の説明にある「ソース」や「シンク」という「考え方」を加えると、これまた便利だと言うことです。実態としては、細胞分裂や成長など生活活動の活発な部分は、物質を大量に消費しますので植物体内に自然と物質の濃度勾配ができ、濃度の低い部分が「シンク」、相対的に濃度の高い部分が「ソース」と表現しているものです。しかし、「ある特定の部位の生活活動がどんな仕組みで活発になるのか」つまり、どうして、「シンク」になるのかについては未知の部分がたくさんあります。
まず、篩管でスクロースが輸送される意味から説明しましょう。
動物では循環系を利用して、グルコースが血管を流れ、各器官・細胞へと輸送されます。同様に、植物では、スクロースが篩管中を移動し、エネルギーを必要とする組織・細胞へと分配されます。このように、維管束は動物の循環系のような役割を果たすわけですが、ご指摘のように心臓に相当するポンプがありません。篩管を通って物質が長距離移動することを「篩部転流」といいますが、転流の駆動力として、圧流説(pressure-flow model)が広く支持されていますので、それを説明しましょう。
篩管は、縦長の細胞(篩要素)が同一平面上に複数並び、それが縦に積み重なった構造体です。縦に繋がった細胞の間には、篩板と呼ばれる多数の孔が空いている構造物で仕切られています。
光合成で生産されたスクロースは、まず篩管内に積み込まれますが、このような細胞・器官のことを「ソース」と呼びます。これに対して、スクロースが利用される細胞・器官のことを「シンク」と呼びます。活発に光合成をしている緑葉は典型的なソース器官であるのに対して、種子やイモが出来るところは典型的なシンク器官です。篩管における溶液の流れは、ソースとシンクの間に出来る内圧の差によって駆動されると考えられています。つまり、ソース付近の篩管では、スクロースが積み込まれますので、糖濃度が高まります。このため水が篩管(篩要素)内に流入し、膨圧が高まります。一方、シンク付近では、スクロースの積み下ろしが起きるので、結果として膨圧が低下します。
このようにシンクとソースの間の圧力差を駆動力としたスクロースの輸送は、これを支持する実験データも多いことから、正しいと考えられています。従ってスクロースはソース→シンクという方向で流れるのです。導管での輸送は、緑葉での蒸散を駆動力としますので、一方向ですが、篩部転流では、シンクとソースの上下位置が逆になれば、逆方向に輸送することも可能となります。葉から種子へは上方向ですが、葉からイモへの糖の流れは下方向になります。
次に、スクロースの篩管への積み込みについて説明しましょう。先程説明しましたように、緑葉のようなソース器官では維管束へのスクロースの積み込みが起こります。
篩管内のスクロース濃度は0.3〜0.9 Mくらいに達します。これに対してその周辺のソース細胞のスクロース濃度はその1/10程度です。ですから、スクロースの濃度からすると篩管の方が圧倒的に高く、篩管(高)>ソース細胞(低)という濃度勾配が生じます。ソース器官では、このような濃度勾配に逆らって、スクロースを篩管に積み込まなくてはなりません。このためには、スクローストランスポーターという特殊な輸送タンパク質が必要です。濃度勾配に逆らう物質輸送のことを能動輸送といいますが、スクローストランスポーターはまさにスクロースの能動輸送を行うためのタンパク質です。このタンパク質は、篩管(篩要素)の細胞膜に局在していて、細胞外にあるスクロース1分子の篩要素への輸送とともに水素イオン(H+)を同時に篩要素内に輸送します。この水素イオンの濃度は、篩管(低)<ソース細胞(高)となっていますので、水素イオンの濃度勾配を駆動力としてスクロースの能動輸送が行われます。
このような篩要素細胞内外の水素イオンの濃度勾配を維持するためにはエネルギーが必要で、ATPを分解しながら水素イオンを輸送する別のタンパク質が働いています。
一 方、シンクにおけるスクロースの積み下ろしは、篩管(高)>シンク細胞(低)というスクロース濃度勾配がありますので、比較的簡単に細胞間を移動すると考えられます。
今まで説明しましたように、篩管を通ったスクロースの輸送は、1)ソースにおける篩管への能動輸送、2)篩管内において、ソース→シンク方向への圧力差を利用した移動、の2段階を経て実現します。
植物には、心臓のようなダイナミックな構造体はありませんが、移動すべき物質の濃度勾配を駆動力とした派手さはありませんが、効率の良い駆動システムを持っていることになります。実際、このシステムで糖は1時間に0.3〜1.5 m 程度移動することが明らかとなっています。血流の速度と較べることは無意味ですが、植物の生活様式を考えれば十分速い循環システムといえます。また、ご指摘のあった血管内の「弁」に相当するのは、無理矢理こじつければ、篩要素間にある篩板が考えられます。篩要素間にこれがあることにより、物質が篩管内を移動する際の抵抗性が高まり、圧力差が維持されることになります。以上が植物の「循環系」の概略になります。
山口 淳二(北海道大学大学院理学研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2009-07-03
今関 英雅
回答日:2009-07-03