一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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花芽形成ホルモンのその後

質問者:   教員   安井 晋
登録番号1630   登録日:2008-05-26
自身が高校時代の生物授業でも花芽形成ホルモンフロリゲンは学習しましたが、フィトクロームPR型PFR型には触れても、花芽形成ホルモンの生理的側面には触れていませんでした。教員23年目に入ってもこの疑問は解けていません。現在の最新研究ではフロリゲンの正体やフィトクロームとの関係はどのようになっているのでしょうか。特定のスペクトルで変化したフィトクロームがDNAからの形質発現にどのように関与しているのでしょうか?花芽形成ホルモンは細胞の分化に直接関与するのか、分化抑制を解除する生理活性があるのか。生徒も興味を持ちますが、教科書では「よく分かっていない。」でかたづけられています。応用化学世界では十分産業ベースにのる物と思うのですが。よろしくおねがいします。
安井 晋様

質問コーナーへご来訪歓迎します。遅くなりましたが、花成ホルモンについてのご質問に回答いたします。

花芽形成の問題は植物の形態形成のなかでもきわめて重要な研究課題の一つです。生理的な解析、特に日長との関係は細かく行われてきましたが、物質的レベルでの解明はなかなかブレークスルーがありませんでした。フロリゲンという花成誘導物質が想定されたのは1933年ですが、爾来多くの研究者がその本体を追求してきました。葉で作らて芽に輸送されることは確かなのですが、他の植物ホルモンのように簡単には抽出単離することにはだれも成功しませんでした。この研究が進展したのは遺伝子レベルでの解析が可能になってからです。今までのように、抽出分離を重ねて活性のある分画を得、その中から特定物質を単離同定するという方法ではなく、花成に関わる諸遺伝子を特定し、その働きから直接花成誘導に関わる物質の本体を明らかにしようとするものです。2007年には京都大学の荒木崇教授の研究室など世界の複数の研究室で、花芽形成に関係している遺伝子のうちFT(FLOWERING LOCUS T)またはその相同遺伝子の翻訳産物であるタンパク質がフロリゲンの本体であることが明らかにされ、一応フロリゲン探索に区切りがつきました。FT遺伝子は葉の維管束組織で発現して、生産されたFTタンパク質は篩管と通って茎頂に運ばれます。現在、花芽形成の研究は専らシロイヌナズナ(Arabidopsis、長日植物) を使っている報告が多いですが、奈良科学技術大学院大学の島本功教授の研究室では短日植物のイネのフロリゲンはシロイヌナズナのFTタンパク質のオルソホモログ(相同体)であるHd3a 遺伝子のタンパク質が本体であることを明らかにしています。長日・短日植物とも共通のフロリゲンが働いているということは、これまでの生理学的知見と一致します。また、最近、筑波大学の小野道之教授の研究室では短日植物のアサガオのフロリゲンもFT遺伝子と相同のFTL遺伝子のタンパク質がその本体ではないかということを示す実験結果を得ています。ところで、FT遺伝子の働きはなにであるかということも明らかになりつつあります。花芽形成が始まる時にはまず、AP1(Apetala1) 遺伝子が発現しなければなりませんが、この遺伝子をONにするのが、転写因子のFDタンパク質です。因に、FDタンパク質はいろいろな遺伝子の発現のための転写因子となっています。荒木教授の研究室では、このFDタンパク質がAP1遺伝子をONにするには、茎頂でまずFDタンパク質と結合しなければならないことを明らかにしています。
さて、プィトクロムのことについてちょっと説明します。高校の生物教科書には暗期の光中断には触れていますが、フィトクロムとの関係まではおよんでいません。しかし、補助資料や教師用指導資料にはかなりの説明があるものと思います。フィトクロムは特定の波長(660nm:赤色光と730nm:遠赤色光)の光をシグナルとして受容し、その信号が細胞内に伝達されて様々な形態的、生理的反応が引き起こされていきます。赤色光を吸収するとフィトクロムはPfr 型になり、遠赤色光を吸収するとPr 型にかわります。フィトクロムはPfr 型が活性型です。二つの波長は相互に打ち消し合う効果をもたらします。最近の研究では、Pfr 型のフィトクロムは核の中に輸送され、直接遺伝子に作用すると考えられています。おそらくフロリゲン誘導にかかわる遺伝子の転写因子と関係があるとおもわれます。シロイヌナズナでは長日条件でCO(CONSTANS) 遺伝子(FT遺伝子の転写制御因子をコードしている)が発現して、COタンパク質が活性化されます。この辺りの詳しい分子機構は現在研究が盛んにすすめられています。花成制御に関わる遺伝子発現の分子制御機構がいろいろな植物で明らかになると、この成果をバイオテクノロジーにとりこんで、新しい形質を備えた有用品種の開発を考えることはできるでしょうが、その可能性を試すことと、実際に商業ペースにのせることとはまた別の問題でしょう。 
なお、植物生理学会の監修による優れた植物科学の啓蒙書(植物まるかじり叢書 化学同人)が出版されています。そのなかで今回のテーマに関連することが詳しくかつ易しく解説されている次の本はぜひ購入して読んで下さい。  
叢書2 「植物は感じていけいている」瀧澤美奈子著 2008年(¥1200E)
叢書3 「花はなぜ咲くの?」西村尚子著  2008年 (¥1200E) 
その他の叢書(1、4、5)も是非資料として読んでください。
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2008-06-04
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