一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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補色適応について

質問者:   教員   はっぱ
登録番号3613   登録日:2016-10-03
いつもこちらのコーナーを楽しみにしています。
 昔のNHK「地球大進化」において、光合成によって海中に放出された酸素は、初めは海中に含まれる鉄イオンの酸化に使われ、その結果できた酸化鉄により太古の海は赤かったとされています。そしてその堆積した酸化鉄が今の鉄鉱石へなったともいわれます。
 シアノバクテリアは補色適応で、持つ色素の組成を変えるといわれますが、青い海だった時とこの赤くなった海の時とでうまく環境に適応して光合成するために補色適応したのでしょうか?
 よろしくお願いいたします。
はっぱ 様

本コーナーにご関心をお寄せくださり、今回のご質問をありがとうございます。
この質問には神戸大学の村上明男先生から回答をいただきましたので、ご参考になさって下さい。

【村上先生からの回答】
ご質問にお答えするためには、太古の海の水質や光環境、さらに当時生息していたシアノバクテリアの光合成アンテナ色素組成などの情報が必要になり、明確にお答えするための証拠は非常に乏しい状況です。

一般的に生物の色素は分解されやすい有機化合物で出来ていることもあり、太古のシアノバクテリアの化石から色素や色を推測することは不可能に等しいです。一方、当時シアノバクテリアが放出した酸素により生成されたと想定されている赤褐色の酸化鉄は、縞状鉄鉱床として地中に残されています。海水に溶存していた鉄イオンが酸素と結びついた酸化鉄は、不溶性のため懸濁物となり、海底に沈殿したと考えられます。宇宙や空から当時の地球を眺めた際に海が赤く見えたかもしれませんが、プランクトン性のシアノバクテリアが海中でどのような波長(色)の太陽光成分を利用できたのかは、よく分かりません。

また、補色適応(補色順化)の能力は、現生のすべてのシアノバクテリアが持ち合わせている訳ではありません。この能力を発揮するためには、青い色素タンパク質であるフィコシアニンに加え、赤い色素タンパク質であるフィコエリトリンの生合成に関する遺伝子セット、および周囲の光環境の波長成分の変化を感知し、2種類のフィコビリンタンパク質の生合成量を調節する高度なシステムが必要になります。従って、補色順化はシアノバクテリアに最初から備わっていたと考えるよりも、25億年以上にわたるシアノバクテリアの進化の途中で獲得されたと推測されますので、酸化鉄が大量に生成した当時のシアノバクテリアは、この能力を持たなかった可能性が高いと思われます。

なお、藍藻(シアノバクテリア)や補色順化について知識を得るためには、以下のような最新の事典もぜひ参考にしてください。

「植物学の百科事典」日本植物学会編(「藍藻」p.492−493)丸善出版(2016)
「光と生命の事典」日本光生物学協会光と生命の事典編集委員会編(「補色順化」p.82-83、・口絵6:藻類から分離した代表的な光合成色素)朝倉書店(2016)

 村上 明男(神戸大学・内海域環境教育研究センター)
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤 公行
回答日:2017-03-01
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