一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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農薬と窒素固定生物

質問者:   会社員   なお
登録番号3916   登録日:2017-09-24
こちらの植物Q&Aを見て、動物の生命や活動は窒素固定生物の働きに依存していることがわかりました。
そこで質問ですが、農薬や除草剤により土中や水中の窒素固定生物は死ぬ、もしくは働きが停止したりするのでしょうか?
単純な質問ですがとても気になりまして、どうぞよろしくお願い致します。
なおさん

質問を歓迎します。

 農薬は、農作物の生産を上げるために、生産の妨げとなる昆虫、カビ、細菌、などを殺したり、競争相手となる農作物以外の植物(いわゆる雑草)の生育を抑制する目的で利用されます。農薬には多くの種類がありますので、農薬の自然生態系に対する影響も、農薬の種類や使用の仕方、影響を受ける生物ごとにさまざまだということなります。
[農業と自然生態系]炭素元素の流れに着目すれば、自然生態系では、光合成生物(生産者)は太陽光、大気、土壌、水などを利用してCO2から有機化合物を合成し、これを動物(消費者)が食べて呼吸によりCO2を放出し、植物の枯葉や動物の排せつ物をカビや細菌など(分解者:別名微小消費者)が食べCO2を放出するという循環系が成り立っています。農業では、生産物を人間が独り占めにするために消費者をできるだけ排除する必要があり、自然の循環系がゆがめられていることになりますが、われわれは食物を摂取しなければ生きていけません。食料を生産する場合も、地球上の他の生物にもできるだけ配慮するというバランス感覚が必要だということになります。
[窒素元素の循環]植物の生育には、タンパク質や核酸などの窒素を含む化合物が必要です。“なおさん”もご存知のように、空気中には窒素ガスが高濃度に含まれていますが、植物はこれを利用することはできず、環境中の硝酸塩やアンモニウム塩などを必要とします( [植物Q&A登録番号0907](窒素固定について)を参照)。一部の原核生物(根粒細菌やシアノバクテリアなど)は窒素ガスを固定してアンモニアを合成することができ、陸上植物や藻類などはアンモニアや硝酸塩などを生育に利用します。他方、自然界には硝酸塩を利用して有機物を酸化することによりにエネルギーを得ている細菌がおり、その働きは脱窒作用、硝酸呼吸などとよばれます:有機物+HNO3→(CO2、H2O)+(N2O、NO、N2など)+エネルギー。通常の酸素呼吸は、有機物+O2→(CO2, H2O)+エネルギーとなります。酸素呼吸では有機物の酸化にO2が利用されてH2Oを生じますが、脱窒作用ではHNO3分子中のOが利用されて窒素酸化物などを生じるということになります。植物が利用できる環境中の窒素化合物は脱窒により生態系から失われるので、これを補うはたらきをする窒素固定生物の存在は、“なおさん”が理解されているように循環的生態系にとって必須です。
[土壌くん蒸剤]“なおさん”は農薬の窒素固定生物に対する悪影響を心配していますが、さまざまな農薬の中で窒素固定微生物に対する悪影響が高い可能性があるもとして、土壌くん蒸剤があげられます。ナスやキャベツなどの、同じ種類の作物を作り続けると、その作物を食べる動物や微生物にとっては好適な環境が続くことになるので、それらの作物に対する害も顕著になります(連作障害)。障害を軽減するためには、他種類の作物を何年か植えたのち、もとの栽培植物に戻ればいいのですが(輪作)、多くの場合、利益の上がる植物を作り続けたいといことになります。線虫、植物病原菌、ウイルスなどを殺す目的で使われるのが、クロロピクリン酸などの土壌くん蒸剤です。土壌くん蒸剤が効力を発揮するためには生物に直接届く必要があり、ある程度の深さまで効力を及ぼすために揮発しやすい物質が選ばれますが、これは揮発して空気中に失われやすいことにつながります。揮発を防ぐために、土壌にくん蒸剤をまいた後、しばらくの期間にわたり土地の表面をポリエチレンフィルムなどで覆うことが一般です。くん蒸によって、窒素固定細菌も程度の差はあれ殺されることになります。では、土壌くん蒸の窒素固定細菌に対する悪影響が、地球規模で認められるかどうかについて検討してみましょう。
[大気中の窒素酸化物等の濃度の経年変化]国連IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、地球温暖化の現状分析や将来予測のために世界の多くの科学者が協力して大気中の温室効果ガス(CO2、N2Oなど)濃度を測定もしくは推計し、約5年ごとにその結果を公表しています。N2OはCO2、フロン類、メタンに次いで地球温暖化に働くので、関心が寄せられています。IPCC報告書では大気中のN2以外の窒素化合物をNr(反応性窒素)と表していますが、最新の報告書(第五次評価報告書:5AR)は、大気中のNrの総量は産業革命以降、特に20世紀以降からは緩やかな増加がはっきりと認め見られ、1950年以降は増加速度が顕著だと推測しています。その原因としては、1960年代半ばまでは生物学的脱窒が最も大きい割合を占めていたのが、それ以降はアンモニアの工業的生産(Haber-Bosch法)が最大となり、最近では主として燃焼時に発生する窒素酸化物(NOX)も増加して生物学的窒素固定の量に近づきつつあります。脱窒の増加は、土壌や水界の硝酸塩の増加を示しており、地球規模では、現状で窒素固定生物の活動低下による窒素栄養の欠乏を心配する必要はないようです。地球生態系を考えると、窒素栄養の増加は、窒素固定細菌を共生させている豆科植物などの優位性を減少させ、また、窒素栄養を多く要求する植物の生育に有利に働く可能性があります。
(付記:IPCC第5次報告書へのアクセス法。<IPCC>、<5AR>を検索語として入力して、IPCCのサイトに入る。国連の公用語である英、仏、露、中、アラビヤ語を選択でき,無料でアクセス及びダウンロードができる。WGI (Working Group I) 報告書The Physical Science Basis 2013を選択。そこのBox 6.2に窒素循環に関する説明が図つきで出ている)


櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2017-10-02
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