一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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発芽種子の呼吸商(コムギの初期呼吸商が1.0を超える理由)

質問者:   教員   K.T
登録番号4879   登録日:2020-09-18
 初めましてよろしくお願いします。
 登録番号1870にあったように,コムギにせよアマにせよ,脂肪の糖化に伴って,酸素要求が高まることで呼吸商が一時的に低下することは理解できました。
 しかしながら,タイトルにあるように,発芽種子(コムギ)の初期呼吸商が1.0を超える値で表記されている教科書及び図説等(某図説のグラフだと1日目に約1.1,2日目に約0.72,3日目に約0.89…と以降上昇し,16日目には約1.0に収束する)が散見されておりまして,1.0を超えるケースはどのような場合なのかと思案し,質問させていただいた次第です。
 登録番号2687にあるように嫌気呼吸を行っているケース等も検討してみましたが,手持ちの専門書には裏付けとなる情報を見つけることができなかったので,ご教授願いたいと思いました。お手数をおかけしますがよろしくお願いします。 
K.T さん

みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
呼吸商については、一般教科書では理論的な説明だけに留まっています。典型的な呼吸物質、ブドウ糖、脂質(脂肪酸)、タンパク質(アミノ酸)の完全酸化の場合の理論的値についてのみ説明していますので、呼吸商が1.0を超える場合はおこりません。しかし呼吸商は、組織の呼吸基質の使用状態から組織の生理状態を推定する手段として利用されるもので実測値を基として論ずるものです。
植物組織で呼吸商が1を超える例は少なくありません。代表的な例では何らかの環境要因で酸素供給が十分で無い場合、ブドウ糖のすべてがチトクローム系列の酸化的リン酸化過程に向かわず、部分的にピルビン酸からアルコール発酵(嫌気呼吸)に向かうことが知られています。嫌気呼吸では酸素吸収なしに二酸化炭素を発生しますから当然呼吸商は1を超えます。酸素濃度は、組織の置かれた条件によって低下する場合が多くあります。低酸素濃度における応答は植物種や組織の違いによって違いますので、同じ気中酸素濃度条件においても、種や組織、生理齢が違えば異なった呼吸商が実測されます。コムギ発芽を見ても、種子を湿らせた濾紙上におくか(空気と直接接する部分がある)、種子全体に水が覆うようにする(冠水状態)かによって種子が利用しうる酸素供給の速度が異なってきます。これは、酸素は拡散によって組織へ供給されますが、気相中の拡散速度は水中の拡散速度よりも遙かに早い(約1万倍)ためで冠水は一種の低酸素状態となります。また、多量の組織を貯蔵する状態では、温度25度以下では問題ありませんが、25度を超えると酸素呼吸速度が上昇し、組織周辺は低酸素状態となります。
コムギ種子、水稲種子は低酸素条件の下ではアルコール発酵が容易に起こる種ですがアルコール発酵を起こす(呼吸商が1を超える)酸素濃度は違います。古い文献によればニンジンでも酸素濃度が数パーセントまで低下すると呼吸商が1を超えることが実測されています。その他、果実(漿果類)が熟する段階になるとアルコール発酵が始まることも知られています。これらの組織では当然呼吸商は1を超えます。また、生育に不適切な環境条件の下では細胞がストレスを受け、呼吸関連代謝調節の変化にともなって呼吸商が1を超える場合はあり得ます。
今関 英雅(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2020-10-14
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