一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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補助色素からのエネルギーの移動について

質問者:   教員   高瀬
登録番号5201   登録日:2021-08-16
高校生向けに進学指導をしております、学習塾の講師です。同僚の教師からの質問で、うまく返答できなかったため、質問させていただきます。

光合成色素のうち、フィコエリトリンやクロロフィルbなどは、補助色素としてアンテナの役割をしていると認識しています。このアンテナは、光エネルギーを反応中心クロロフィルaに送る役割をしているとのことですが、この「エネルギーを送る」の部分が、具体的にどのようなことなのかが分かりません。光エネルギーを受け取った光合成色素分子中の電子が励起状態になり、基底状態に戻るときに、光子を放出して、それが反応中心クロロフィルに到達して反応中心クロロフィルのエネルギーが高まる?などいろいろ考えてみましたが、どれも想像の域を超えません。具体的にエネルギーの移動とは何が起きているのか、教えていただけると助かります。よろしくお願い致します。
高瀬様

みんなのひろば 植物Q&Aへようこそ。質問を歓迎します。
 
光は、物質と相互作用して、散乱、透過、吸収、発光などが起こります。光を吸収した分子は、A:散乱、B:励起してエネルギーを他の色素に伝達または自身の発光、C:光化学反応、D無放射失活などにより、基底状態に戻ります。エネルギー保存の法則が成り立ちますので、B蛍光放出の場合は、励起光(波長が短くエネルギー大)は、蛍光(長波長でエネルギー小)プラス熱エネルギーとなります。励起光のエネルギーに比べて蛍光のエネルギーの方が小さく、その差は、熱エネルギーによってバランスがとれていることになります。太陽温水器では、黒色の吸収体に吸収された光エネルギーは、蛍光を出すこともなく、D無放射失活により小分けにされて熱エネルギーとなり、周辺の分子の熱エネルギーは、最終的には水分子に渡されます。
光合成では、①吸収した光エネルギーは、励起エネルギーとして光合成色素間を次々に受け渡されて、最後に光化学反応中心(タンパク質にクロロフィルや電子伝達体が結合してできる複合体)に渡され、②光化学反応中心で酸化還元エネルギーに変換され、更に、③その一部は生体膜の両側にできるH+(プロトン)の勾配による電気化学的エネルギーに変換されて、それが駆動力となってATPが合成され(光リン酸化と言います:H+の電気化学的エネルギーに変換するやり方は、動物のミトコンドリアで行われている酸化的リン酸化と同じ仕組みで、P. Mitchelの化学浸透説によります)、④酸化還元エネルギーとATPのエネルギーを利用してCO2を有機化合物に合成します。
光合成では、②吸収した光エネルギーを光化学反応中心で酸化還元エネルギーに変換(光化学反応)することが中心的反応ですが、光化学反応に直接関与しているのは全体の色素の内のごく一部です。陸上植物では、主な光合成色素はクロロフィルですが、光化学反応に直接関与しているのは数100分子につき1個程度のごく一部で、他の大部分はアンテナ色素として働き、光を吸収して、そのエネルギーを反応中心に渡すのに働いています。光化学反応中心は大掛かりな装置なので、これを高い割合で作ることは、コストの面で不利になります。なお、酸素発生型光合成では、光化学反を行う光化学反応中心には、強い還元力を生み出す光化学系Iと、H2Oから電子を引き抜いてO2を発生する光化学系IIの2種類があります。
細かいことを言うと、光エネルギーの酸化還元エネルギーへの変換が効率よく進行しているときは、葉緑体は蛍光をほとんど出しません。しかし、光化学反応で生じた電子(還元力)の流れが滞っているときは、光化学反応で生じる電子の受取手がないため、励起エネルギーは反応中心に長くとどまることになり、この状態は不安定なので、励起エネルギーの一部は蛍光として放出されます。これについては、植物Q&Aで「蛍光」をキーワードとして検索し、登録番号2615, 3177に説明が出ています。
さて、高瀬さんは、励起エネルギーがどのようにして色素間で受け渡されて、最終的に反応中心に渡されるのかを気にされているようです。光のエネルギーは電磁波のエネルギーです。ラジオやテレビの電波を受けるときは、アンテナを発信源の方向に向けないと電波がうまく受信できません。光合成の光エネルギーの伝達も、吸収した光エネルギーを渡す色素と受け取る色素の向きが合っていないとエネルギーの伝達がうまく起こりません。光合成器官では、光合成色素は、大部分がタンパク質に結合していて、それによって励起エネルギーを送る方と受け取る方の振動の向きがうまくマッチするように立体的に配列しているので、効率よくエネルギーの伝達が起こります。なお、葉をアセトン処理するとクロロフィルの溶液が得られますが、これに光を当てると、当てる光の波長(色)にかかわらず赤色の蛍光(長波長なのでエネルギーレベルは元のエネルギーに比べて低い)がでます。溶液中ではクロロフィル分子の向きはランダムなので、色素間のエネルギー伝達は効率が著しく低いので蛍光が強く出ます。また、励起光(短波長)と蛍光(長波長)のエネルギーの差は、熱エネルギーによって帳尻が合うようになっています。
繰り返しになりますが、光合成器官の中で、光エネルギーは、どの波長の光であっても、最終的にはクロロフィルの長波長の赤色のエネルギーレベルになって、反応中心色素に渡され、光化学反応中心で起こる光化学反応に利用されます。
櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2021-08-30
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