一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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ホンモンジゴケの銅濃度について

質問者:   高校生   ぽんもんじ
登録番号5376   登録日:2022-05-13
東京都大田区の池上本門寺に行ったとき、ホンモンジゴケという銅ゴケが五重塔の下に生えているとのことで見てきました。これをきっかけに興味が湧いてホンモンジゴケについて調べている過程でこのような疑問をもちました。

秋山(2004)によると、「ホンモンジゴケに含まれる銅濃度は9040~18600ppm」にもなるらしいです。ですが、培地の銅濃度に差をつけてホンモンジゴケの生育を見る研究では、0ppmから300ppmの培地を使用している人が多いです。
これはホンモンジゴケの成長に必要な銅は0ppmから300ppmの間であるということになります。

10000ppm以上銅を含むことはできても、それ程の銅は成長に必要ないということですか?
ぽんもんじ さん

みんなのひろば「植物Q&A」へようこそ。
銅(Cu)は植物の生存にとって必須の元素で、光合成電子伝達に働くプラストシアニン、呼吸酵素シトクロムcオキシダーゼ、活性酸素を消去するスーパーオキシドディスムターゼなどのタンパク質の機能に必要です。他方、植物の生育環境中にCuが高濃度に存在することは、ほとんどの植物にとって有害となります。これは、細胞内に取り込まれた銅イオンがタンパク質などのSH基と反応して、細胞機能を妨げるためだと推察されます。
水耕法では、極めて純度の高い窒素、リン、カリウムを用いた場合は、Cuなどの微量金属を補う必要がありますが、一般の植物用には、Cuを0.015-0.2ppm程度加えています。
ホンモンジゴケは銅葺きの屋根から落ちる雨水がかかるような場所の石垣、地表などで、他の植物を圧倒して、生えています。そのような場所では雨水中の銅の濃度が高いので、多くの植物が高濃度の銅による害を受けるのに対し、ホンモンジゴケはそれほど害を受けないからだと考えられます。
ホンモンジゴケは、Cuイオンの高い水がかかる場所でも生育できますが、生育に必要なCuイオンの濃度は、おそらく普通の植物とあまり変わらないでしょう。一例を挙げますと、糸状体の生育を、通常の植物培養液(Cuは特に加えてはないが培養液作成に用いる塩類に混在しているCuで足りていると考えられる:(本稿では便宜的に「対照」と略記))とCuを12.7ppmに高めた培養液で生育したもの(「銅高濃度培地で生育」と略記)で約90日後に乾燥重量で比較すると、どちらもかなりよく生育するが、「銅高濃度培地で生育」したものの生育は「対照」に比べてやや悪かった(両者の差は10%程度)、という結果が報告されています。したがって、ホンモンジゴケの生育に高濃度のCuが必要だということはなさそうです。さらに、「対照」と「銅高濃度培地で生育」したものの細胞壁を比較すると、後者は、細胞壁部分に銅を多量に結合していました。銅結合に関与しているのは、細胞壁のペクチン質だと考えられ、このようにして、Cuが細胞内に高濃度に透過するのを防いでいるという結果が得られています。
ご質問に「ホンモンジゴケに含まれる銅濃度は9040~18600ppm」とありますが、この場合は、おそらく、ほとんどの銅は細胞の表層に結合していると考えられます。上記実験結果のペクチン質に関して、銅イオンに対する感受性が、普通の植物のように高いものと、ホンモンジゴケのように低いものとの間の、詳しい化学構造的差や含量の差までは調べられていないようです。結論として、ホンモンジゴケは、生育に高濃度の銅を必要としているわけではなく、ほとんどの植物が生育できないような高濃度の銅を含んだ水にさらされるような環境でもなんとか生きているのだと感じられます。
銅鉱山の廃液にCuが高濃度に含まれている例は、日本では足尾銅山、世界にもいくつかの銅鉱山があり、そうした環境ではホンモンジゴケやその仲間が優占種となっている場合が多数あります。この場合も、おそらく、細胞壁のペクチン質がCuの細胞内部への侵入を低減し、細胞内部に対する高濃度の銅による悪影響を低減させているのではないかと推察されます。
櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2022-05-14
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