シロイヌナズナやキンギョソウを用いた研究から、クラスA、B、Cの各遺伝子が、花芽メリステムで同心円状に発現することにより、萼、花弁、雄蕊、雌蕊の各器官の運命が決定されるという、いわゆる “ABCモデル” が提唱されました。その後様々な植物でこのモデルの検証が行われ、現在では、多少の修正はありつつも、このモデルが広く受け入れられています。しかしながら、各クラスの遺伝子の発現が、どのような仕組みにより調節されているのかについては実はまだあまりよく解っていません。この仕組みの一端が、National Chung Hsing University の Tzeng らにより明らかにされ、本号に発表されました (pp.1695-1709)。
他の生物での研究から、70-kDaリボソームS6キナーゼ (p70s6k) による情報伝達経路は、5'非翻訳領域にピリミジンが連続した特徴的な配列を持つ一連のmRNA (5'TOP mRNA) の翻訳調節を介し、細胞周期の制御に深く関わっていることが知られています。筆者らは、ユリのp70s6kである LS6K1 遺伝子を単離し、この遺伝子をシロイヌナズナで過剰発現してみました。その結果、花弁と雄蕊を構成する細胞の伸長が著しく抑制され、雄性不稔となることを見いだしました。この過剰発現植物体では、クラスB遺伝子であるPISTILLATA (PI ) や、その下流で機能するNAC-LIKE、ACTIVATED BY AP3/PI (NAP ) 遺伝子のmRNA量が増加していることから、細胞伸長の抑制や雄性不稔の原因はこれらの遺伝子発現の上昇であると推察されます。
では、PI やNAP 遺伝子の発現量が、なぜLS6K1 の過剰発現により上昇したのでしょう。この疑問に答えるため、花弁や雄蕊の発達に関わる遺伝子群のmRNA配列を調べたところ、上述のピリミジンが連続した 5'TOP mRNA に特徴的な配列が、PI 、APETALA3 (AP3 )、SUPERMAN (SUP ) などのmRNA中に見いだされました。さらに、これらのピリミジン配列が、確かにp70s6kを介した翻訳調節に関わることが、ヒトの細胞とシロイヌナズナにおいて示されました。PI の発現は、それ自体により活性化されることが知られていますので、LS6K1 の過剰発現により、PI mRNAの翻訳が活性化され、その結果として、PI やNAP のmRNA量が増加したものと考えられます。
これらの結果から、p70s6kを含む情報伝達経路が、植物においても 5'TOP mRNAの翻訳調節に関与しており、これが花弁や雄蕊の発生において重要な役割を果たしていることが強く示唆されました。
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