渦鞭毛藻の葉緑体ゲノム
赤潮藻やサンゴ共生藻として海洋生態系で重要な役割を果たしている渦鞭毛藻(イラスト中央の小さな細胞と左右の大きな細胞)は,酸素発生型光合成生物の中でも独自の進化を遂げている生き物です.渦鞭毛藻はクロロフィルa, c2に加え固有の光合成色素ペリディニンを持ち,さらに植物や他の藻類とは著しく異なる構造の葉緑体ゲノムを持つことが知られ,光合成機能の維持やオルガネラゲノムの進化の面などから注目されています.
真核生物の全ての葉緑体は,原核生物であるシアノバクテリア(イラスト最下段の大サークル)の細胞内共生を発端とした進化的プロセスの中で獲得されたと考えられています.まずシアノバクテリアを直接取り込んで葉緑体として定着させることで,灰色藻,紅藻,緑藻/緑色植物(下から二段目の3つの中サークル、左から)の葉緑体一次共生生物が誕生しました.次に紅藻あるいは緑藻を取り込んで葉緑体化することで,様々な葉緑体二次共生生物が出現しました.すなわち,褐藻,珪藻,ハプト藻(上から二段目の3つの中サークル、左から),および渦鞭毛藻などは紅藻に,ユーグレナ藻とクロララクニオン藻(最上段の2つの中サークル、左から)は緑藻に由来する葉緑体を持ちます.
葉緑体には核ゲノムとは別の独自のゲノムが存在します.一般的にその形状はおよそ120kbの環状構造で,100あまりの遺伝子を含みます.一方,渦鞭毛藻の葉緑体ゲノムは“ミニサークル”(イラスト中央付近の小サークル群)と呼ばれる小型の環状分子群からなります.1つのミニサークルのサイズは2-10 kbで,各サークルは基本的に1つの遺伝子と機能未解明な“非コード領域”を有する特異な構造を持ちます.また,植物や他の藻類では葉緑体ゲノムにある遺伝子の多くが渦鞭毛藻では核ゲノムへ移行し,ミニサークル群からなる葉緑体ゲノムには光化学系2反応中心タンパク質を始めとするごく限られた数(20未満)の遺伝子のみが残されています.
一般的に葉緑体ゲノム上の遺伝子はそれぞれ単一で存在しますが,渦鞭毛藻Alexandrium tamarenseのミニサークルには,通常のpsbAに加えて奇異な構造をもつ複数のpsbAバリアントが常に共存することを私達は最近明らかにしました.意外なことに,これらpsbAバリアントは通常のpsbA同様に転写された後RNA編集を受けます.本号掲載の論文(pp.1869-77)では,Alexandrium属の複数種,特にA. tamarenseとA. catenellaの2種について,psbAおよびpsbDのバリアントの分布および構造を解析しました.その結果,見かけの構造が著しく異なるバリアントの創出と維持が広く起きていることを見いだし,これらのバリアントの創出には通常型遺伝子のリピート領域における遺伝子組換えが関わることを明らかにしました.これらの淘汰されずに維持されているバリアントは,ミニサークルゲノムの維持や発現の調節に関わるなど,何らかの生理学的意義を持つものと予測されます.
飯田聡子・小檜山篤志・緒方武比古・村上明男,イラスト:ウチダヒロコ
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