「花粉」 と聞くだけでくしゃみが出そうになる人がいるほど、花粉は嫌われ者になってしまいました。でも、植物にとって花粉は重要な生殖器官であり、種子を作って次世代に命を繋ぐという大切な働きを担っています。花粉の表面はエキシンと呼ばれる硬い殻で覆われています。エキシンの構造は、網目状だったり、トゲトゲだったり、植物種によってさまざまで、エキシンの形態を見ればどの植物の花粉かがわかるほどの多様性があります。また、多くの植物の花粉では、エキシンの外側をポレンコートという粘着性の物質が覆っています。ポレンコートは脂質やタンパク質が混じり合ってできたもので、花粉を昆虫や鳥などの送粉者や雌しべ先端の柱頭に接着させる働きがあります。さらに、柱頭が同種花粉か異種花粉かを認識するための因子や、自己・非自己の認識 (自家不和合性) に関わる因子もポレンコートの中に含まれていることが知られています。
ではこのポレンコートはどのようにして作られるのでしょうか? 研究が進んでいるシロイヌナズナの場合について紹介します。雄しべの葯には葯室と呼ばれる部屋が4つあり、葯室の中で花粉が育ちます。葯室を囲む壁の一番内側にあるのがタペート細胞で、花粉が成熟するまでの間、花粉に栄養分などを供給する働きをしています。一方、タペート細胞は、細胞内に 「タペートソーム」 および 「エライオプラスト」 と呼ばれる特殊なオルガネラを発達させて、その内部にワックスなどの脂質や何種類かのタンパク質を多量に蓄積します。そして、花粉が成熟する頃にタペート細胞は自ら破裂し、タペートソームやエライオプラストを葯室中に放出します。これが分解を受けながら混じり合い、花粉表面に沈着してできるのがポレンコートというわけです。
今月号の896-911ページには、突然変異のために花粉がポレンコートを失い、不稔性になってしまったシロイヌナズナの論文が掲載されています。柱頭に接着しにくいパラパラの花粉を作ることから、この突然変異体はflaky pollen と名付けられました。電子顕微鏡による観察では、タペート細胞中のタペートソームやエライオプラストが異常な形態を示しており、ここに脂質やタンパク質を蓄積できないことがポレンコート欠損の原因になっているのだろうと推定されました。さらに詳しく調べると、この突然変異体では、HMG-CoAシンターゼという酵素の遺伝子に、タペート細胞で働けなくなるような突然変異が生じていることがわかりました。HMG-CoAシンターゼはステロールなどのイソプレノイド化合物を作るのに必須の酵素です。つまり、タペート細胞で作られる何かのイソプレノイド化合物が、タペートソームやエライオプラストの形成に不可欠なのだということがわかります。
今月号の表紙は、シロイヌナズナのつぼみの横断面をイメージして描いたアートです。羽を広げた黄色い蝶のような形の構造が葯、蝶の羽のそれぞれに空いている穴が葯室、葯室の中の紫色の粒が花粉、そして、葯室内で環状に並んで花粉を取り囲んでいる空色の細胞がタペート細胞を表しています。つぼみの一番外側を取り囲む多数の空色の細胞でできている構造はがく、一番内側の薄い黄色の構造が雌しべです。花弁はまだ短いので見えていません。
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