「デンプン粒の形の不思議」
植物は太陽エネルギーを利用して二酸化炭素と水からグルコースを合成します。合成されたグルコースは色素体内部で結合して多量体化され、デンプンという長期保存に適した形で種子や球根に蓄積されます。デンプンは色素体内部で 「デンプン粒」 と呼ばれる直径 1-100μm 程度の結晶粒子を形成します。グルコースという構成成分が同一にもかかわらず、デンプン粒の形状は植物種によって大きく異なります。例えばイネ種子の胚乳では、複数のデンプン小粒が色素体内で集合して、直径 20μm 程度のデンプン粒が形成されます。このタイプのデンプン粒は横断面でみると亀甲状に見えて 「複粒型」 と呼ばれています。これに対して、1つの色素体内に1つのデンプン粒が形成されるものは「単粒型」と呼ばれ、単粒型はさらに、大きさが均一なデンプン粒からなる 「均一型」 (トウモロコシ) と大小の二極性を示す 「二極性型」 (オオムギ、コムギ) に分類されます。このようなデンプン粒の形状の多様性は、100年以上も前から植物分類学者の網羅的な観察により報告されてきました。しかしながら、その分子機構は現在まで明らかにされていません。
今月号の表紙を飾った論文では、デンプン粒の形状多様性の分子機構に迫る第一歩として、デンプン粒を簡単に迅速に観察できる方法が提案されています。その方法とは、イネの種子を切断した 200μl チップの先端にはめ込み、さらにそのチップを樹脂ブロック成型用のトリミング台に固定することで、効率的にハンドセクションを行うという方法です。この方法により、種子の胚乳からかなり薄い切片を簡単に作ることができます。切片をヨウ素で染色することにより、細胞内のデンプン粒をきれいに可視化することができました。従来の観察方法に比べて、特別な装置がいらない、複粒型デンプン粒がばらばらにならない、簡単に素早く観察でき、大量のサンプルの観察が可能、といった利点があります。この観察方法を用いて、突然変異処理をしたイネの種子のデンプン粒を1粒ずつ観察し、形状に異常を示す突然変異体を5系統単離しました。規格外のデンプン粒という意味のssg (substandard starch grain) と名付けられた変異体のうち、ssg1、ssg2、ssg3 では, 通常の複粒型デンプン粒に加えて直径 10μm 以下の小型の単粒型デンプン粒が多数観察されました。ssg4 変異体では、直径 30μm 以上の巨大な複粒型デンプン粒が多く観察され、ssg5 変異体のデンプン粒は内部の複粒構造に異常を示していました。報告された方法は、イネ以外にもオオムギやコムギ、トウモロコシなど他の植物種子のデンプン粒の観察にも適用できます。今後この観察方法の利用や得られた変異体を解析することで、デンプン粒の形状多様性の分子機構の理解が進むことが期待されます。
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