「ゴルゴンの謎」
植物は茎の先端部から新しい葉を次々と作りながら成長します。この成長の原動力となっているのは、メリステムと呼ばれる特殊な組織の働きです。メリステムは主に茎や根の先端部に存在する、肉眼で見るのが難しいくらいの小さな組織ですが、植物の成長に果たす役割はとても大きく、たとえば若い芽生えの茎にできるメリステムは、植物体の地上部器官のほぼすべてを作る能力を持っています。植物が成長を続けるためには、メリステムの活動がずっと維持される必要があり、特に樹木などではそれが何十年、何百年と続きます。この不思議な力を持った小さな組織の謎に、多くの植物研究者たちが魅せられてきました。
メリステムでは細胞がどんどん分裂して数を増やし、増えた分は葉や花などの新しい器官をつくるために使われます。ふつうはこの収支がプラスマイナスゼロになっているので、メリステムは常にサイズを一定に保ったまま、新しい器官を安定してつくることができます。ところが、何らかの原因でこのバランスが崩れると、メリステムの細胞がどんどん減っていって器官をうまく作れなくなったり、逆にメリステムの細胞が増えすぎてしまったり、という困ったことが起こります。
そのような例の一つが、今月号の表紙を飾ったシロイヌナズナの突然変異体 gorgon です。この変異体の名前は、ギリシャ神話に出てくる蛇の髪の毛を持った怪物ゴルゴンに由来します(実際のゴルゴンも表紙の背景に登場しています。睨まれた者は石になってしまうと言われているのでご注意を)。gorgon 変異体は、発芽した直後は正常な植物体と区別がつきません。しかし、成長するにつれて徐々にメリステムが大きくなっていき、花をつくる頃には肉眼ではっきりと見えるまでに肥大します。その後、肥大したメリステムから一斉に花がつくられ、まるでゴルゴンの髪の毛のような、普通のシロイヌナズナとは似ても似つかない姿になってしまうのです。このことから、gorgon 変異体ではメリステムを通常のサイズに保つことができなくなっていることがわかります。
この突然変異の原因を調べたところ、STM と呼ばれる遺伝子に変異が入っていることがわかりました。STM はイネやトウモロコシ、トマトなど幅広い植物種で保存されており、メリステムが正しく機能するためには極めつけに重要な遺伝子の一つです。不思議なことに、これまでにSTM 遺伝子が働かなくなったシロイヌナズナの変異体はたくさん見つかっていますが、gorgon の様な形態を示すものは1つもなく、いずれの場合も逆にメリステムのサイズが減ってしまいます。今回の研究から、gorgon 変異体の変異型STM 遺伝子から作られるタンパク質は、正常なタンパク質と1アミノ酸だけ異なっていることがわかりました。つまり、このたった1アミノ酸の変化がメリステムのサイズ制御に重大な影響を与えていると考えられます。今後、このアミノ酸の役割を詳しく調べることで、メリステムのサイズの制御とSTM との不思議な関係の秘密を解き明かせるかもしれません。
奈良先端科学技術大学院大学 相田光宏
PCPギャラリー