「萼 (がく) も食べられるようになる?」
ナス科植物のトマトは私たちの一般的な食材の1つですが、植物科学研究では、イネやシロイヌナズナと同様にモデル植物の1つとしての顔があります。その研究は、ゲノム解析などの基礎研究から、直接産業に結びつく応用研究まで多岐にわたっています。
本号の表紙を飾ったスペインのグループは、ARLEQUIN (ALQ) というタンパク質がトマトの成熟過程おける遺伝子発現機構の重要な制御因子であることを、Alq 変異体の解析から明らかにしました (pp.435-447)。
受精が起こってトマトの実が成熟する過程では、糖や有機物を蓄積する器官となるように細胞の分化が起こります。このために、植物ホルモンの合成やカロテノイドの蓄積、果実を柔らかくするような酵素遺伝子群の発現が起こり、最終的に私たちが目にするトマトの果実となります。
著者らが見いだしたAlq 変異体では、つぼみの時期から形態異常が観察され始め、開花の時期には、萼の融合や雄蕊の矮小化、色素の蓄積異常が見られます。最も顕著な異常が萼の形態変化で、表紙の写真にもあるように、本来であれば緑色の萼が果実と同じ赤色となり、形も劇的に変わります。この異常な形態の萼の中には、果実に含まれる糖や色素であるリコピンやカロテノイドが蓄積しています。また、構成する細胞は、形や大きさも野生型の萼の細胞と異なり、むしろ果実のものに近くなっています。つまり、Alq 変異体では、萼がまるで果実のようになっているのです。
では、Alq 変異体ではどうして萼が果実のようになってしまうのでしょう? 筆者らの解析からAlq 変異体の萼では、成熟化させる働きをもつ植物ホルモンであるエチレンの蓄積量が野生型の萼に比べて7倍になっていることがわかってきました。また、花や果実の脱離部位の決定に関わるJOINTLESS 遺伝子の発現が抑制されていること、加えてトマト果実の成熟化に関わるRIPENG INHIBITOR 、COLORLESS NON RIPENING 、NEVER RIPE 遺伝子群の発現が増加していることが分かってきました。これらの遺伝子群は、本来、果実で発現する遺伝子であり、またエチレンによって調節されていることがこれまでに明らかになっています。つまり、Alq 変異体では、本来果実で起こる遺伝子発現調節が萼で起こってしまっていることが、萼から果実への変換を引き起こしたと考えられます。ALQタンパク質の実体はまだわかっていませんが、今後の解析から果実の成熟過程における役割りが明らかになるとともに、受精を経ずに果実と同様な器官を形成させるという品種改良などの応用へとつながることが期待できます。
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