ホウ素は植物の微量必須元素の一つです。ホウ素欠乏土壌は世界中に存在し、農業生産を損なう要因となっています。ホウ素が植物の生育に不可欠であることは1920年代にはすでに報告されていましたが、植物体内でこの元素が果す役割は長い間不明のままでした。最近の研究で、植物細胞に含まれるホウ素は細胞壁に局在し、細胞壁多糖ペクチンの特定の領域とだけ結合していることが明らかになりました。この領域はラムノガラクツロナンII (RG-II) と呼ばれる部分で、ホウ素はホウ酸エステルとして2つの RG-II と同時に結合し、ペクチン多糖鎖を橋渡し (架橋) しています。つまりこの 「ホウ酸 RG-II 複合体」 (B-RG-II) はペクチン同士を結びつけネットワーク化させる因子であり、超分子集合体である細胞壁を構成する重要な要素のひとつと推測されます。しかし、ではなぜペクチンがネットワークになる必要があるのか? またそのネットワークは植物体内でどのような役割を果しているのか? これらの問に対していまだ明確な答えはなく、私達はホウ素の生理機能を完全に理解したとはいえません。
この問題に取り組む手段のひとつに、正常な B-RG-II が形成できないと何が起るか? を観察することが考えられます。本号に掲載の論文 (Kobayashi et al. pp) では、RG-II の13種類の構成単糖のうち 3-deoxy-D-manno-2-オクトン酸 (KDO) を欠失させ、RG-II の構造を変異させることが試みられました。KDOは、糖転移酵素により RG-II に組込まれる前に糖ヌクレオチドCMP-KDOに変換されなければなりません。この変換を触媒する酵素 CTP:KDOシチジル酸転移酵素 (CMP-KDO合成酵素; CKS) を欠く変異体植物はKDOがあってもそれを RG-II に組込むことができず、B-RG-II の構造が異常になると考えられます。
以上のアイディアに基き Kobayashi らはCKSを欠くシロイヌナズナ変異株を得ようとしましたが、CKS 遺伝子を完全に欠失した株 (ホモ変異株) は得られませんでした。これは、正常なCKS 遺伝子を欠く変異型花粉が授精能力を持たないためでした。雌性配偶子 (胚珠) については変異型でも影響が見られません。また変異型花粉についても花粉粒の形成までは正常に行なわれる一方、花粉管の伸長は阻害されることが明らかになりました。これらの結果は、B-RG-II は花粉管のような急速に伸長する細胞・組織において特に重要であることを示し、複合体の機能解明に重要な手掛りを与えるものと考えられます。表紙写真は、ヘテロ株由来の花粉を、生きた花粉のみを紫色に染める Alexander 染色に供した結果です。ヘテロ株由来の花粉粒は半数が正常型、半数は変異型ですが、全ての花粉粒が紫色に染色されています。すなわちcks 変異型花粉も生きており、B-RG-II の変異は花粉の発達・形成段階には致命的な影響を及ぼさないことが示唆されます。
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