世界的な食糧危機や地球規模の温暖化問題の解決が急務となっている現在、安定的な食料生産・農業生産、また低炭素社会を実現するため、植物科学研究には大変大きな期待が寄せられています。現在、様々な生物で、その設計図の全体像であるゲノムの全塩基配列の解読が可能になり、また、様々な解析技術が開発されつつあります。それにより、全遺伝子を対象とする網羅的な解析は、一部のモデル生物のみならず実用植物でも可能になってきました。
5月号では、作物の一つであるオオムギに関する研究成果を特集しています。オオムギ (Hordeum vulgare L.) は、世界の収穫高ではコムギ、イネ、トウモロコシに続き4番目に高く、これら主要穀類の中でも最も広範な地域で栽培されており、広域適応性にも優れた作物です。オオムギが持つ広域適応性は、低温、乾燥、塩害といった様々な環境ストレスに対して耐性を備えていることによると考えられています。また、オオムギは遺伝学の研究材料として大変長い歴史を持っています。それは、(1) 自殖性の2倍体である、(2) 染色体数が7対 (2n=14) と少なく観察しやすい、(3) 人為交配が容易である、(4) 広範な気象条件下で栽培が可能である、といった特性を持つからです。古くから作物としても研究材料としても利用されてきたオオムギは、多様な品種変異、人為突然変異が得られており、世界中の研究機関において保存・開発されています。表紙の写真は、世界でも有数のオオムギ系統保存機関である岡山大学で保有する品種に見られる穀粒の形態や着色の変異の一例です。オオムギのゲノムサイズは約5,000Mb (メガ塩基) もあり、分子遺伝学的な解析をする上では大きな足かせとなっていました。しかしながら近年オオムギの全遺伝子を対象とした網羅的な解析に向けて、様々なゲノム研究基盤が整備されつつあります。
本特集号では、整備が進むオオムギの研究基盤やそれらを用いた網羅的解析の一端を紹介すると共に、多様な種内変異やオオムギに特徴的なストレス耐性機構に関する最新の研究成果を掲載しています。オオムギはコムギやライムギといった他のムギ類植物種と分類学的な近縁関係にあり、ムギ類研究のモデル生物として、これら主要穀物研究の推進にもその知見は大いに役立ちます。長い研究の歴史の中で育まれた素材と近年急速に開発が進むゲノム研究基盤とを融合させて、作物科学研究を牽引していく植物、それがオオムギなのです。
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