一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

「植物まるかじり叢書 電子版・POD版特設ページ」

 
訂正・追記がある章・コラム一覧
 
第1巻「植物が地球をかえた!」
1章 知られざる植物の世界へ 寺島  一郎
 
第2巻「植物は感じて生きている」
4章 気孔の秘密 島崎  研一郎
8章 香りにこめたメッセージ 高林  純示
 
第3巻「花はなぜ咲くの?」
1章 ようこそ花の世界へ 荒木  崇
4章 花の形づくり 平野 博之
コラム 青いバラを作る 田中  良和
コラム 奇妙な形の花二つ 塚谷  裕一
 
第5巻「植物で未来をつくる」
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
第1巻「植物が地球をかえた!」
 
1章  知られざる植物の世界へ  寺島一郎
 
1ページ
1行目:2000年以降も気温の上昇は続いている。気温の上昇は海域よりも陸域で大きく、南半球よりも北半球で大きい。また、緯度が高いほど大きい。日本については、1900年以来2020年までに1.5℃上昇している。気温上昇の原因となる大気中の CO2濃度は、2021年に0.0418%に達した。
*気象庁のHPによる(https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/menu/index.html
 
10行目:地球の歴史全体を見れば大気のCO2 濃度は低下してきているが、たとえば3億年前には現在と同等のレベルに低下した。図1−1にもそれが描かれているが、logスケールのため目立たない。
 
5ページ
2-5行目:ここで強調されているのは、ルビスコには酸素を固定する活性があり、これが除去できないことである。ルビスコに変異が起こらないと言っているわけではない。たとえば、海水の平均pHは8.1程度なので大量の無機炭素がHCO3-の形態で存在する。このような環境に生育するプランクトンのルビスコには高濃度の CO2が供給される。一方、陸上ではCO2濃度が低い。ルビスコのような酵素の性質は、基質親和性(基質を結合しやすいか)と最大速度(1秒間に何分子の CO2を固定できるか)で記載できる。 高濃度のCO2が供給される海産プランクトンでは基質親和性を高める必要がないので、最大速度が高いものになる。一方、陸上の植物、特に気温が高くCO2が液相に溶け込みにくい熱帯原産の植物では、基質親和性が高く、最大速度は低くなる。このように酵素の性質の進化にもトレードオフが見られる。このような性質はすべて変異によって獲得された形質である。
 
9ページ
1行目:マメ科やカタバミ科の葉の葉柄の「付け根」には葉枕とよばれる膨らみがある。これが葉の気孔の開閉機構と似た機構によって膨潤・収縮し、葉身の角度を調節する。水分条件が十分の時には、葉身を太陽光に垂直に向けるが、水分が欠乏すると太陽光に平行になるように葉身を配置する。
 
10ページ
12-16行目:シロイヌナズナの葉に、文字の部分を切り抜いた紙を載せて光を照射した。 
 
11ページ
12行目:2021年現在、園池公毅さんは早稲田大学教授。
 
12ページ
12行目:2010年以降、光化学系Iは強光と弱光が繰り返す変動光にも弱いことがわかった。ただし、野外の光に含まれる程度の波長700 – 750 nm遠赤光成分が同時に存在すると変動光による光阻害は抑えられる。
 
14ページ
1-3行目:現在の大気環境では光合成に理想的ではない。光合成基質のCO2濃度は低く、光合成を阻害するO2濃度は高すぎる。したがって、現在の大気環境で光合成を測定すると、エネルギー固定効率は、理想ガス条件で測定した場合の約半分である。光が強いと光合成の効率はさらに低下する。5%、数%という表現は、これらを勘案したものである。
4行目:太陽高度が高い晴れた日を想定した数字である。
 
17-18ページ
[解説]:「明反応」とよばれてきた諸反応において、実際に光が作用するのは光化学反応までであり、残りは暗黒下でも進行する。一方、「暗反応」系の多くの酵素は光化学系Iからの電子で還元されなければスイッチの入らない「光活性化酵素」である。このような事情から明反応、暗反応ということばは使われないようになってきた。かわって「チラコイド膜反応」と「ストロマ反応」などが使われる。
 
18ページ
註1:南極の氷床コアの解析により、過去80万年の気温と CO2濃度との関係が明らかになっている。80万年間に7〜8回の「氷期」と「間氷期」のサイクルがあった。氷期と間氷期の気温の差は10℃程度、CO2濃度は氷期で200 ppm程度、間氷期では250〜280 ppm程度が繰り返してきた。
註4:2021年現在、和田正三さんは東京都立大学名誉教授。
 
(2021年11月2日 寺島 一郎)
 
 
第2巻「植物は感じて生きている」
 
4章  気孔の秘密  島崎  研一郎
 
59ページ
[INTERVIEWEE] 2行目: 現在、九州大学名誉教授。
 
67ページ
6行目:「孔辺細胞の体積はほとんど変わることができないのに、」 → 削除。
 
67ページ
9行目:「細胞がパンパンに膨れ上がる」 → 「細胞がパンパンに膨れ上がり、体積が2倍以上になる」
 
70ページ
11行目:「パッチ・クランプ法」 → 「パッチクランプ法」
 
75ページ
10行目:「葉緑体運動」 → 「葉緑体逃避運動」
 
(2021年11月26日 島崎 研一郎) 
 
 
第2巻「植物は感じて生きている」
 
8章  香りにこめたメッセージ  高林  純示
 
146ページ
図8-1: 以下に差し替え
差し替え図1】 
 
148ページ
図8-2: 以下に差し替え
差し替え図2】
 
149ページ
3行目:「場合が多いことに気づいた」→「場合があることに気づいた。また、そのような場合が多いという報告もあった」
 
153ページ
8行目:「断片」 → 「スナップショット」 
 
153ページ
「図8-4、上段 (4)と下段 (2)」を「図8-4、例えば上段 (4) と下段 (2)」へ
 
155ページ
2-3行目:「などでも報告・・・だろう」
当時よりも多岐にわたる植物の分類群で報告されてきており、植物に共通した現象だと考えられる。
 
157ページ
7-8行目:「大規模な・・・手間がかかるからです」 → 「里山の農業は、小規模多品目で手間がかかります」
 
159ページ
12行目:「この技術を・・・ということだ」 → 「この技術を使うには、里山の豊かな自然環境が重要であるということだ」
 
159ページ
13行目:「もし里山が・・・なくなります。」 → 削除
 
(2021年11月22日 高林 純示)
 
 
3巻「花はなぜ咲くの?」
 
1章 ようこそ花の世界へ 荒木 崇
 
4ページ 中国のバラから西洋バラに持ち込まれた「四季咲き性」
 元・湧永製薬植物園の岩田光氏や、筆者、フランスのFabrice Foucher博士らの研究によって、現代バラの「四季咲き性」は、中国産のバラRose chinensis(庚申薔薇、コウシンバラ)で生じたシロイヌナズナのTERMINAL FLOWER 1 (TFL1)に当たる遺伝子の機能欠損によるものであることが明らかになった(Iwata et al. 2011)。バラのTFL1遺伝子は、「庚申薔薇」に因んでKOUSHIN (KSN)と名付けられた。興味深いことに、同じバラ科のエゾヘビイチゴ(Fragaria vesca)でも、やはりKSN遺伝子に生じた機能欠損変異が「四季咲き性」の原因になっていることも同じ研究により明らかになっている。TFL1遺伝子がコードするTFL1タンパク質は、フロリゲンであるFTタンパク質とよく似た構造を持つタンパク質であるが、多くの植物でフロリゲンとは逆の役割(花芽形成の抑制)を持つ。また、花序の無限成長性の維持(シュート頂が花芽に分化しまうことの抑制)に関わることが知られている。コウシンバラやエゾヘビイチゴで生じた四季咲き性は、KSN遺伝子の機能が失われることで、花成の調節とともに花序の形態の調節が変化した結果生じたものであった。
 バラの四季咲き性の謎解きについては、生き物文化誌学会の学会誌Biostory(ビオストーリー)に、これをライフワークとされた岩田光氏による詳しい解説記事がある。掲載号は薔薇特集号となっており、田中良和博士による「青いバラ」の作出に至るまでの過程の解説記事も掲載されている。
 
岩田光 (2016) 四季咲きの「謎」が解けた - 千年余の昔、「動く遺伝子」がひき起こした、たった1回の突然変異. Biostory 25: 40-48.
田中良和・福井祐子 (2016) 青いバラ – 遺伝子組換えがかなえた「不可能」の花. Biostory 25: 56-63.
https://www.net-sbs.org/magazine/ に「Biostory(ビオストーリー)」のバックナンバーの情報がある)
 
5ページ コケのような原始的な植物
 「原始的な」という表現はあまり適切ではなく、「体制が単純な」という意味であると考えていただく方がよい。陸上植物の基部で分岐した現生の系統を代表するものということで「基部陸上植物」というような言い方が現在ではよく用いられる。
 コケ植物に関しては、蘚(セン)類、苔(タイ)類、ツノゴケ類のそれぞれから「モデル植物」としての種が選ばれて、ゲノムの解読(核が持つDNAの塩基配列の決定)が行なわれ、活発に研究が進められている。いずれのグループのゲノム解読にも日本の研究者が大きな貢献をしているが、ことに苔類のゼニゴケのゲノム解読と国際的な研究コミュニティーの形成は、京都大学の河内孝之教授のリーダーシップによるところが大きい。2016年には、当学会(日本植物生理学会)の国際学術誌 Plant Cell Physiologyでゼニゴケ特集が組まれている(John L. Bowman 教授、筆者、河内孝之教授の編集)。
 コケ植物の代表種のゲノム解読やゼニゴケMarchantia polymorphaを用いた研究からわかってきたこと、明らかになりつつあることの中から、第3巻の内容に関係することがらを少しだけ紹介する。
 ゼニゴケは花を咲かせることはないが、有性生殖のための生殖器官を含む生殖器托と呼ばれる枝状の構造を形成する(ゼニゴケは雌雄異株で、雄株には雄器托、雌株には雌器托がそれぞれ形成される)。生殖器托の形成は長日条件で誘導されることが1925年に早くも報告されている。本書の刊行後の研究により、長日条件によるゼニゴケの生殖器托の形成の誘導には、赤色光・遠赤色光受容体フィトクロムや、GIGANTEA (GI)、FLAVIN-BINDING KELCH REPEAT F-BOX1 (FKF1) といった、被子植物で日長による花成の誘導に関わるのと同じ因子が重要な役割を果たすことが明らかになった(Kubota et al. 2014, Inoue et al. 2019)。また、miR529c(シロイヌナズナやイネのmiR156に当たる)という低分子量RNAとそれによって制御されるやSQUAMOSA PROMOTER-BINDING-PROTEIN-LIKE (SPL) と呼ばれる因子が、ゼニゴケでは生殖器托形成の調節に関わっていることが明らかになったが、これもシロイヌナズナのような被子植物の花成のタイミングの調節との共通点である(Tsuzuki et al. 2019)。
 ゼニゴケの生殖器托や蘚類の蒴(胞子体上部の胞子嚢を含む部分)のようなコケ植物の有性生殖のための構造は「苔(こけ)の花」と呼ばれ、季語(仲夏)にもなっているが、決まった季節におこるその形成に関わる因子が、被子植物の花成のタイミングの調節に関わる因子と共通している点は興味深い。しかし、フロリゲン遺伝子(FT遺伝子)やバラの「四季咲き性」のところで紹介したTFL1遺伝子に当たる遺伝子はコケ植物にはない。ただしFT遺伝子やTFL1遺伝子の祖先型の遺伝子(MFT遺伝子)は存在する。同様に、花の器官形成に関わるいわゆる「ABCモデル」の遺伝子であるMADSボックス遺伝子(第4章参照)に関しても、機能分化が起こる前の祖先型の遺伝子を持つのみである。
 ゼニゴケがどのようにして日長を識別しているかについては、現在研究が進められているが、シロイヌナズナやイネのような被子植物とは大きく異なる機構による可能性が高い。いずれ研究の進展を紹介できる日が来ることを期待している。
 
(2022年1月27日 荒木 崇)
 
第3巻「花はなぜ咲くの?」
 
 
叢書が出版され、かなり月日が経ったので、この間に明らかになったことで、内容的に、修正・加筆を加えたほうがいい点について、箇条書きにまとめておく。
 
1) イネの栽培化に関しては、イネ品種のゲノム情報が各段に充実し、データ公開されている。次世代シークエンサーのGAP箇所が多いデータではあるが、3千を超える品種のゲノム情報が解析可能になっており、様々な栽培化に関する論文が発表されている。現時点では、機能と結び付けた研究は少数であり、現存野生イネのゲノム情報が不足していて、確定的な栽培化でのゲノムの変化についてはまだ明らかになっていない。
 
2) イネの開花期(出穂期)決定に関わる遺伝子の報告も非常に増えて、最近の総説では、70個を超える遺伝子に関して、機能解析のデータ付きで、論文が報告されている。また、そのうち、約20個は、QTL解析により品種間差で見つかった自然変異である。この情報からの新しい知見に関して以下にポイントを抑えてまとめておく。
 
この叢書では、Ehd1遺伝子の作用で、長日条件でもイネが花芽形成を始めることができ、そのおかげで、日本でもイネの栽培(イネの北進)ができていることを記述しているが、Ehd1の下流で働くフロリゲン遺伝子にHd3aRFT1という二つの遺伝子があり、長日条件で花芽スイッチをオンにするのは、RFT1遺伝子であることが明らかとなっている。ちなみに、Hd3aRFT1の二重変異体は、花芽形成を一切起こさない。花が咲かないイネとなる。
 
イネフロリゲン遺伝子Hd3aは、短日条件を認識して発現するが、一日に30分間、日長が短くなることで、転写のオン状態オフ状態が切り替わるくらい、非常に明確なスイッチとなることが明らかとなっている。一方、長日植物シロイヌナズナはこういった明確な日長での切り替え(限界日長)反応を示さない。短日植物が持つ特徴的な分子機構であると考えられる。
 
北海道のイネ品種はすべてGhd7遺伝子の機能欠損変異を持つことが明らかとなり、南北に長い日本のイネの栽培域における開花期変異遺伝子の多様性が大きく明らかになっている。日本のイネの出穂期反応の多様性を決めている遺伝子は、Ghd7Hd1Hd2Hd5Hd6Hd16Hd17Ehd1の8個の遺伝子の自然変異による貢献が大きいようである。
 
光受容体フィトクロムが気温変化による開花期の変化にも作用して、気温センサーとして働くことがこの数年で、シロイヌナズナで明らかとなり、イネでも、同様な作用があることがつい最近論文報告された。
 
3) この叢書では、長日植物シロイヌナズナと短日植物イネのフロリゲン遺伝子の発現パターンで、シロイヌナズナは、長日条件で、夕方にフロリゲン遺伝子が働き、イネは、短日条件で朝方にフロリゲン遺伝子が働くと、図3-3で紹介したが、最近の解析結果から、シロイヌナズナの結果は、蛍光灯等の人工光での結果で、野外では、長日植物の朝にフロリゲン遺伝子が働くことが明らかとなっている。基礎研究を進める研究者の一人として、こういった訂正は残念であるが、生物を扱う以上、自然界の環境を意識して実験を計画することが大事であることを示していると思われる。その結果、光受容体の貢献も変わり、シロイヌナズナでは、あまり注目されていなかった光受容体フィトクロムの役割が再度重要視されることになっている。
 
(2021年11月19日 井澤 毅)
 
 
第3巻「花はなぜ咲くの?」
4章 花の形づくり  平野 博之
 
57-58ページ
研究の進展により、「イネのCクラス遺伝子」の項目中の「イネのCクラス遺伝子としては~明らかになった(図4-6)」を、以下のように改訂する。
 
『イネのCクラス遺伝子としては、シロイヌナズナのCクラス遺伝子(AG)とよく似た二つの遺伝子(OsMADS3OsMADS58)が特定された。OsMADS3OsMADS58との2重変異体を作製すると、「りんぴ・りんぴ・雌ずい」の繰り返しからなる構造ができることが明らかになった。2重変異体で雌ずいが形成されると言うことは、イネのCクラス遺伝子は雌ずいの発生には関与していないことを意味している。
 
 こうした一連の結果から、シロイヌナズナでCクラス遺伝子(AG)が果たす機能のうち、雄ずいの発生や分裂組織の有限性という機能についてはイネにおいても共通しているが、雌ずいの発生については、イネのCクラス遺伝子はその機能を失ってしまっていることが判明した。雌ずいの発生は、シロイヌナズナとは大きく異なり、DLという新たな遺伝子が重要な働きをしているのだ。こうして、イネ独自の花の発生の仕組みが明らかにされていった(図4-6)』
 
(2022年1月13日 平野 博之)
 
 
第3巻「花はなぜ咲くの?」
 
コラム  青いバラを作る  田中  良和
 
81ページ
8行目:「最相葉月さんの「青いバラ」(新潮文庫)」 → 「最相葉月さんの「青いバラ」(岩波現代文庫)」
 
82ページ
3-6行目:「シアニジンなど・・・が開花した(口絵⑩)」 → 「並行して、シアニジンなどの赤い成分があまり合成されず、デルフィニジンが合成された場合には見た目に青く見える素質のあるバラの品種を選ぶ。この品種に青色遺伝子を導入したところ、デルフィニジンの含量が95-99%になり、花色も青く変化したバラが開花した(口絵⑩)」
 
82ページ
最終行: 参照先のウェブサイトは2021年11月現在以下の通りである。

(2021年11月22日 田中 良和)
 
 
第3巻「花はなぜ咲くの?」
 
6章  自分の花粉か他人の花粉か  渡辺  正夫
 
<修正箇所>
89ページ
[INTERVIEWEE] 2-4行目:「現在、東北大学・・・植物生殖遺伝学」 → 「現在、東北大学大学院生命科学研究科分子化学生物学専攻教授。博士(農学)。専門は植物分子育種学」。
 
7行目:「100件以上の出前講義」 → 「1,000件以上のアウトリーチ活動」
 
94ページ
6-7行目
「採取実用技術研究所・・・鈴木 剛さん」 → 「採種実用技術研究所(現・神戸大学教授)の安田(高崎)剛志さん、大阪教育大学教授の鈴木 剛さん」
 
95ページ
5行目:「奈良先端・・・高山誠司さん」 → 「奈良先端科学技術大学院大学(現・東京大学)教授の高山誠司さん」
 
98ページ
2行目:「奈良先端・・・高山誠司さん」 → 「奈良先端科学技術大学院大学(現・東京大学)の高山誠司さん」。
 
<追加事項>
142ページに2010年6月時点での追記が記され、取材時以降の情報はアップデートされている。一方で追記以降、11年余の年月をかけた研究がなされ、アブラナ科植物の自家不和合性に限っても、多くのエポックメイキングな成果が得られている。
 
アブラナ科植物の自家不和合性を制御するS遺伝子は胞子体的に機能することから、配偶子を作る親植物(胞子)が有するS対立遺伝子間で優劣性が生じ、花粉と雌ずいでは優劣性関係が異なる。花粉でのS対立遺伝子間の優劣性において、優性と劣性の対立遺伝子の両者を有するヘテロ個体では、花粉側因子であるSP11遺伝子の劣性対立遺伝子のプロモーター領域がメチル化されることにより、遺伝子発現が抑制された。ここまでが初版出版時の記述であった。その後、このメチル化を誘導する低分子RNA(SP11 METHYLATION INDUCERSMI)が同定され、優性対立遺伝子由来SMI遺伝子が発現することにより、劣性を示すSP11対立遺伝子のプロモーター領域がメチル化され、エピジェネティックな制御によりSP11遺伝子が発現抑制されることが証明された。
 
アブラナ科植物の自家不和合性は花粉側因子であるシステインリッチタンパク質(SP11)と雌ずい側因子の受容体型キナーゼ(SRK)が、「鍵と鍵穴」の関係により同一のS対立遺伝子由来のSP11とSRKが特異的に結合し、自己花粉であるという情報を細胞内に伝達することは解明されていたが、SP11とSRKの細胞外ドメインが結合することにより、どのような複合体が形成され、その三次元構造がどの様な構造を取ることで自己を認識しているのかという問題は不明であった。SP11-SRK複合体に対してX線結晶構造解析を行い、原子レベルの解像度で結合様式が解明された。2分子のSRK細胞外ドメインがVの字型に結合している間を2分子のSP11複合体が結合することで安定的な複合体を形成していた。また、異なるS対立遺伝子由来のSP11とSRK細胞外ドメインの結合状態をシミュレーションした結果、異なるS対立遺伝子の組合せでは安定なSP11-SRK複合体構造を維持できないことが明らかなった。
 
受粉が訪花昆虫などによる受動的なイベントであることから、同種、異種など多様な花粉が受粉される。カブ、ハクサイなどを含むBrassica rapaの日本とトルコ集団から単離したSホモ系統を集団間で交雑実験を行った。交雑に用いる雌雄の系統間で、自家不和合性を制御するS遺伝子が同じ場合、異なる集団間から単離された系統間でも不和合性現象は見られた。S遺伝子が雌雄で異なる場合は花粉管侵入が観察され、和合性現象が見られた。ところが、S遺伝子が異なるにもかかわらず、日本系統の柱頭にトルコ系統の花粉を交雑したとき、不和合性現象が見られた。不思議なことに雌雄を逆にした場合の交雑では花粉か侵入が見られた。自家不和合性を制御するS遺伝子座とは独立な遺伝子座で制御され、不和合性現象が一方向的に観察されることから、新規一側性不和合性(UI:Unilateral incompatibility)現象として解析がなされた。この一側性不和合性を制御するUI遺伝子座はS遺伝子座が遺伝子重複によりできたと考えられ、雌ずい側を制御するSRKと相同性のあるSUI1Stigma Unilateral incompatibility 1)遺伝子、と花粉側を制御するSP11と相同性を有するPUI1Pollen Unilateral incompatibility 1)遺伝子を同定した。一側性不和合性が生じる原因は日本とトルコという地理的に隔離される過程において、トルコ系統では雌ずい側因子SUI1が、日本系統では花粉因子PUI1が機能喪失し、結果として一方向的な不和合性現象を説明できた。
 
種間交雑時にも不和合性現象が観察されるが、雑種育成、分離の歪みなどが生じ、遺伝的手法による解析が困難であった。そうした中、ゲノム情報との融合によるゲノムワイド関連解析(GWAS:Genome Wide Association Study)を行うために、多系統のシロイヌナズナを雌しべ親にし、アブラナ科近縁野生種の花粉を交雑した。その中で、サンドストック(Malcolmia littorea)の花粉を交雑したとき、シロイヌナズナに和合性を示す系統と不和合性を示す系統が見られ、この種間不和合性を制御している遺伝子は細胞膜を4回貫通する領域を持つ新規タンパク質をコードしており、雌ずいで特異的に発現し、柱頭上で機能していることからSPRI1Stigmatic Privacy 1)と名付けられた新規な遺伝子であった。このSPRI1遺伝子による種間不和合性の情報伝達系は自家不和合性とは独立しており、SPRI1遺伝子の分子進化過程は種間で生じるSI x SCルールという一側性不和合性を合理的に説明できた。SI x SCルールとは不和合性系統の雌ずいに和合性系統の花粉を交雑した時、不和合性を示す。一方で正逆交雑の場合は和合性を示す現象をいう。種内、種間での不和合性現象の解析から受粉反応が多様な複数因子の雌雄間での相互作用の総体として示されていることが遺伝子レベルで解明された。
 
本章では、受粉反応についての解説であるが、書き出しのパラグラフである86ページに受精が成立する過程での胚珠からのガイダンス分子の働きによって花粉管が正しく胚珠に伸びるという表記がある。このガイダンス分子の探索は100年以上前からのものであり、この10年あまりで大きく進展したことから追記に加えた。
 
ガイダンス分子は卵細胞の左右に位置する助細胞から放出されており、自家不和合性の花粉側因子のSP11とは構造的に異なるが、システインリッチリピートタンパク質をコードしたLURE遺伝子として同定された。また、ゲノム中にはLURE遺伝子と相同な遺伝子が多数あり、助細胞でも発現していることから、ある種の「LURE分子カクテル」として花粉管に認識されているのではとされている。さらに、花粉管先端にはLUREタンパク質に対する受容体としてロイシンリッチリピート(LRR)配列を細胞外ドメインに持つキナーゼ(PRK6)であることが示された。さらに、LUREはPRK6のLRR領域と膜貫通領域の間に入り込むように結合し、ガイダンス分子情報を花粉管内に伝達していることが明らかにされている。
 
文末になるが、追加・修正事項を記すに当たり、本文中にも登場する共同研究者である、東京大学・高山誠司教授、大阪教育大学・鈴木剛教授に確認、通読頂いたことを記し、謝意を表する。
 
(2021年12月8日 渡辺 正夫)
 
 
第3巻「花はなぜ咲くの?」
 
コラム  奇妙な形の花二つ  塚谷  裕一

写真1はその後、自分の目で確認し撮影したタヌキノショクダイの花である。いくら眺めても飽きないふしぎな形だ。そして写真2はボルネオで私が発見・命名した新種のタヌキノショクダイの仲間、Thismia betung-kerihunensisである。こちらはタヌキノショクダイに輪をかけておかしな形をしていて、しかも色が翡翠色に近い青という、まれに見る独特さ。私が命名した植物の中で、今まででもっとも奇妙な形の花である。

(2021年11月15日 塚谷 裕一)
 
 
第5巻「植物で未来をつくる」
 
 
本章は、著者の松永和紀さんが私の研究室を訪問され、インタビューでお話しした内容を基にお書きになったものである。今回この叢書が復刻されることになったが、2007年のインタビューから年が経過した間に植物科学は大きく展開し、シロイヌナズナの役割も変わってきている。
 
松永さんが章末に書いておられるとおり、2010年に第21回シロイヌナズナ国際研究会議(ICAR2010)が横浜で開催された。33カ国から1300名の研究者(海外から700名)が参加してシロイヌナズナを用いた様々な研究領域の研究成果が発表されたが、その他にも農林業につながる作物研究や樹木研究、また環境・食糧・物質生産・エネルギーなどの問題解決に向けた研究発表と討論があり、シロイヌナズナを基本とした研究の幅広い学術分野への展開が見られた。2011年には国際シロイヌナズナ委員会(Multinational Arabidopsis Research Steering Committee: MASC)が次の10年間の研究方向として「実験台から豊かな収穫へ From Bench to Bountiful Harvests」という方針を提案した。また、2010年から世界各地で採取された1000以上の野生株のゲノム配列を解析して比較検討するプロジェクト(1001 Genomes Project)が開始され、野生種に見られる特異的で多様な遺伝的形質が遺伝子レベルで理解されるようになった。2023年には東京幕張メッセにおいて第33回シロイヌナズナ国際研究会議(ICAR2023)が「Arabidopsis for SDGs」のテーマの下で開催される予定である。このように、シロイヌナズナは実験のためのモデル植物から環境問題や社会・経済問題にもつながる植物科学の幅広い研究分野の基盤的なリソースになってきた。
 
本章では、私が「野蛮な実験をしてみたい」と話していたと松永さんが書いておられる。当時の狙いについては、その後いくつか試みたが、あまり自慢できるような成果につながったとは言えない。以下は2018年に内藤記念科学振興賞をいただいた際に私の研究室における研究をまとめたもので、内藤財団時報No.104に掲載されたものである*。関心のある方はどうぞご覧いただければ幸いである。
 
第50回内藤記念科学振興賞受賞研究「シロイヌナズナを用いた植物分子生物学の確立」岡田清孝

*転載を許可していただいた内藤記念科学振興財団に感謝いたします。
 
(2021年11月21日 岡田 清孝) 
 
第5巻「植物で未来をつくる」
 
 
遺伝子組換え食品をめぐる状況に、初版の発刊時(2008年)と大きな変化はない。すなわち、大豆やナタネ、トウモロコシ、綿といった油糧作物、飼料、あるいは、繊維素材での利用が多く、食品としての利用は、限定的と言える。一方、2012年新たな遺伝子改変技術としてCRISPR-Cas9(クリスパー・キャス・ナイン)と呼ばれる第3世代のゲノム編集技術が報告され、より簡便かつ特異的に遺伝子配列を特異的に切断し、変異させることが可能となってきた。この技術を開発したシャルパンティエ・ダウドナ両博士は、2020年のノーベル化学賞を受賞している。
 
ゲノム編集技術では、例えば、CRISPR-Cas9タンパク質と標的遺伝子に特異的な配列を持つガイドRNAを細胞内に導入することにより簡便かつ特異的に変異を導入できる。また、従来の遺伝子組換え技術とは異なり、外来の遺伝子が細胞の遺伝子に挿入されない形で、目的遺伝子に変異を導入することも可能である。あるいは、一度、細胞中のゲノムに挿入された(遺伝子組換えにより導入された)CRISPR-Cas9遺伝子などの導入遺伝子を交雑により取り除くことにより、目的とする変異だけを単離することができる。このため、作製されたゲノム編集を、従来規制されていない自然突然変異や人工的な化学突然変異などと区別することが困難である。従って、我が国の関連する委員会等の審議ののち、外来の遺伝子の挿入のないゲノム編集個体は、遺伝子組換え生物ではないと法律で取り扱われることになっている(農林水産省「生物多様性と遺伝子組換え」・「新たな育種技術を用いて作出された生物の取扱いについて」;厚生労働省「ゲノム編集応用食品等」)。ただし、遺伝子組換え食品に対する消費者の受容の状況(表示義務の必要性があること)から、所轄官庁へ情報提供、あるいは届け出することが義務付けられている。また、表示は義務化されていないが、様々な議論から、研究者の間では、表示することが適当と認識されている。
 
2021年の時点で、我が国で登録されたゲノム編集食品としては、機能性成分であるGABA合成酵素の活性抑制配列を変異させGABAの含量を増加させてトマト(筑波大学 江面浩教授開発; 2020年12月登録。江面博士の開発に関しての考え方については、本書の著者である松永和紀さんとの対談が参考になる)、ならびに、筋肉細胞の増加を抑制するミオスタチン遺伝子を変異させ肉厚としたマダイ、並びに食欲を制御するレプチン受容体遺伝子を変異させることにより通常よりも2倍の速度(1年半)で成長し環境負荷の少ないトラフグ(京都大学 木下政人博士開発; 2021年9月・11月登録; 木下博士の開発に関する考えは、以下の対談が参考になる; 「京大発、『肉厚マダイ』参上」)が開発・市販されている。
 
なお、ゲノム編集技術は、植物だけではなく、ヒトを含めた生物一般に適用できる技術である。2018年中国の研究者がヒトの受精卵へのゲノム編集により双子の女児を誕生させたことは、世界の研究者を驚愕させ、国際的な倫理規定に反したこととして、国際的に強い批判がなされている。ヒトの場合、クローンの作製自体が倫理的に大きな問題であり、ヒト受精卵へのゲノム編集については、より厳しい規制が検討されている。
 
一方、本章で取り上げられた微生物を用いた植物の有用成分の合成については、現時点でケシの作るモルヒネや大麻成分を酵母や場合によっては、大腸菌でも合成することできることが、我々の研究を含め複数の研究グループから報告されている。従来、大規模な農地や長い栽培日数が必要な医薬品成分の生産がより簡便になったことは、一方で、麻薬等としての薬剤の管理の難しさをもたらす事態にもなっている。上記のヒトのゲノム編集によるデザイナーズベービーの作成に対する倫理的課題と同様に、科学者としての倫理観がより一層重要になっていると痛感している。
 
(2021年11月19日 佐藤 文彦)