一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

佐藤公行会長(写真)

2003年3月
日本植物生理学会
会長 佐藤 公行

 日本植物生理学会 (Japanese Society of Plant Physiologists) のホームページをご覧下さり、有難うございます。

 “植物生理学 (Plant Physiology)” とは、伝統 (哲学) 的な定義によると、植物学 (Botany) の分科の一つで、植物の “生理機能” あるいは “生きる仕組み” の解明を目的とする学問であります。植物はその独特な生理機能のため、地球上において、関係する範囲を実に広大なものにしております。地球の歴史において、大気の組成や地表の構造など、この惑星の特徴を形づくってきた最大の要因の一つは植物の生理機能があり、また、現在の地球においても、殆んど全ての生物の生命活動に必要なエネルギーと体構成物質の素材などが植物の生理機能によって供給されています。このような基本的な枠組みから明らかなように、人類としての私たちの営みは、本質において植物の生理機能により支えられており、衣食住など、数々の局面でこれと深く結びついております。この重要さのために、植物の生理機能に関する科学は、その基礎と応用の両面において、古くから世界中の人々の関心事であり、各国に組織された “植物生理学会” が、その研究の推進と普及を図るために、活発な活動を展開して来ました。

 ところで、最近、この伝統的な学問分野に一つの変化がおきております。数年前、アメリカ合衆国の植物生理学会 (American Society of Plant Physiologists、略して ASPP) がその名前を “American Society of Plant Biologists (ASPB)” と改称し、更には、昨年、ヨーロッパの国々の植物生理学会で組織される学会連合体が、“Federation of European Societies of Plant Physiology (FESPP)” から “・・・・・ Plant Biology (FESPB)” へと名称を変更しました。何れの場合にも、その過程では大きな議論があった模様でありますが、学会に集う新しいエネルギーに押されての決定であったように聞いております。この事態がどのような学問的背景によるものであるかについての考察は後世の科学史家に委ねることになりますが、現実として、この動きは一つのムードとなっております。このムードの源には、植物の機能の解明に挑む研究者が、伝統的な “植物生理学” の名称ではカバーしきれない学問領域の広がりと深まりを意識するようになったことがあると言うことができます。また、別の視点で捉えれば、植物の機能に関する科学 (一般的に、“植物科学”) への社会からの期待の飛躍的な増大、応用分野の展開が、研究領域を周辺に拡大させていることを反映しているものとして理解できます。本会に集う会員数 (国内会員) が年々増加の一途を辿っているのも、決してこのこととは無関係ではないと思われます。

 言うまでもなく、植物科学への社会からの期待は、この惑星上で生きる私たち人類に突きつけられている課題―“食糧問題と環境問題を解決して、持続できる発展を可能にする”―の解決において、植物機能の解析が果たす本質的な役割に寄せられるものであることは明らかであります。植物科学がこの期待に応える潜在能力をもつ学問分野であることは、関係する研究者が絶えず主張してきて来たところではありますが、最近になり、“ゲノム生物学” に象徴される生物学の革新、より一般的には―生命現象の分子論的な認識の深まり―により、この期待が現実味を帯びるに至っているのが最近の事態であると思います。植物の機能に関する科学は、基礎生物学における基本問題の解決に寄与する可能性を秘めている一方で、その応用技術としての “植物バイオテクノロジー” は、世界各国において国家施策として重大な関心事になっております。このような状況下で、アメリカ合衆国 (ASPB) やヨーロッパ (European Plant Science Organization;EPSO) の例に見られるように、非政府組織としての学会などが、専門家集団の立場から、植物科学に関する政策提言を公表したり、政府の施策策定に参画するなど、新しい動きが出て来ております。

 日本植物生理学会は、44年前に、アカデミックな活動を重視する学会としてスタートしました。しかし、昨年度の評議員会では、これまでの活動を更に充実させると共に、新しい活動の方向として、基礎分野の研究者集団としての立場から、植物生理学をめぐる教育や社会の問題にも積極的に関与していく必要があるとの認識を確認するに至りました。この動きは、一言で言えば、学会としての社会的責任の認識によるものであります。この状況を受け、本会では、広報委員会の設置、ホームページの充実など、広報活動を展開するための体制整備を行なってまいりました。また、次回の評議員会 (2003年3月27日開催) では、政府と社会に対して植物科学政策についての提言 (アピール) を公表することになり、現在、そのための準備が進められております。以上のように、今、日本植物生理学会の活動は大きな曲がり角にさしかかっております。この時にあたり、学会内外の皆様の学会活動に対するご批判と、ご支持をお願いする次第であります。

学会活動