一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

私たちの生活を支える植物科学の発展に向けて
-植物科学政策へのアピール-

2003年3月28日 
日本植物生理学会 

急激な人口増加と地球規模の開発によってもたらされる食糧不足と環境悪化は21世紀の極めて深刻な問題として提起されている。これらの問題を解決し、人類の発展を持続可能なものにするためには、地球上の全ての生命を支えている多様な植物を保全し、それらの生存を、農作物を含め、地球規模で調節していかなければならない。この課題を達成するためには高度な知識と技術が必要とされる。植物科学はそのような知識と技術の基盤となる学問である。

ゲノム生物学の進展により植物科学は飛躍的な発展をとげてきた。ラン藻における先駆的な全ゲノムの解読に続き、シロイヌナズナの全ゲノム配列が2000年に解明され、イネゲノムの解読も終盤を迎えている。この状況を受け、本学会では植物科学研究の今後の方向性について調査してきた。その調査によって、植物ゲノム機能に関する基盤的研究が今後の10年間で急激に進むこと、この成果を基に、食糧増産や環境保全のための技術が大きく進歩し、工業、医療産業、エネルギー産業への応用も急速に進展することが予測された。また、真に革新的な技術の開発には、植物の物質生産、植物と他の生物や環境との相互作用など、広範な基礎知識の蓄積が不可欠であることが認識された。植物ゲノムの解読において日本は中心的な役割を果たしてきており、この点は世界に誇れる成果である。しかし、私たちの調査では、それに続く研究への我が国の戦略と支援体制が明確にされていないことも浮き彫りにされた。

アメリカ合衆国は、2001年から国立科学財団の支援のもとにシロイヌナズナ2010年プロジェクトや植物ゲノムプロジェクトをスタートさせ、多額の研究費を投入し始めた。これらのプロジェクトは植物科学の研究者と政府機関との共同により企画され、向こう10年間でシロイヌナズナの全遺伝子の機能を明らかにするなど、明確な目的意識に貫かれた内容になっている。一方、ヨーロッパでは、2002年の植物ゲノムヨーロッパ会議においてベルリン宣言が採択され、植物遺伝子機能の研究にヨーロッパの研究者が中心になって取り組むことの重要性が表明された。また、近隣の中国や韓国においても、応用を視野に入れた植物遺伝子の機能解析が、国家の方針として強力に進められている。

さて、我が国では、2001年に閣議決定された科学技術基本計画で、食糧、環境などの社会的課題の解決における植物科学の重要性が指摘された。しかし、先に述べたポストゲノム研究への対応も含め、その推進のための具体的な計画が提示されるには至っていない。豊かな日本社会では、医療などの問題に比べ、食糧や環境の問題は実感されにくいが、植物資源の大半を輸入に頼る我が国は、その豊かさを他の地域での食糧不足と環境悪化を助長しながら維持していることを忘れてはいけない。環境・食糧問題の解決に向けて植物科学の発展を図ることは我が国の責務といえる。さらに、植物科学の研究が先端的産業技術に結びつくことが現実化している現在、その発展を図ることは我が国の利益にも直結する緊急な課題である。
以上の視点から、植物科学分野の専門家集団である日本植物生理学会は、その活動に求められる社会的責務を自覚するとともに、次のことを政府に提言する。

  1. 人類の未来のみならず、我が国の産業にも貢献する植物科学の発展のため、世界をリードしうる独自の中・長期的な計画を策定し、これを速やかに実施に移す必要がある。
  2. 計画の策定にあたっては、次の点に配慮する必要がある。
    1. 将来の発展の源となる基盤的研究を支援する。
    2. 我が国の独自性と、国際競争および協調を考慮した研究の重点化を図る。
    3. 透明性のある評価体制を築く。
    4. 将来を担う若手研究者のために多様なキャリアーパスを用意する。
  3. 計画の策定と実施には、社会の理解と支持が欠かせない。応用分野の研究には、社会に不安を与えている遺伝子組換え植物の利用も含まれる。このような問題についての正確な情報を積極的に公開していくための体制を築く必要がある。

日本植物生理学会は、上記提言の実現を政府に強く訴え、その実現のために協力していくことを表明する。また、社会的責務を果たす一環として、植物科学の研究成果を正確かつ平易に社会に向けて公開していくことに一層の努力を払い、これらの成果を次世代に正しく伝えていくため、教育活動にも積極的に参画する決意である。私たちの提言と活動に、国民各位のご理解とご支援を賜りたい。

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