一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

提言
「遺伝子組換え植物の社会における適切な受容を進める体制を求む」

日本植物生理学会 会長 岡田 清孝    
賛同学会               
園芸学会 会長 矢澤 進         
 植物化学調節学会 会長 佐々 武史    
日本育種学会 会長 喜多村啓介    
日本植物細胞分子生物学会 会長 森川 弘道
日本農芸化学会 会長 熊谷 英彦

近年の急激な人口増加や、地球規模の開発によってもたらされる食糧不足と環境悪化は、21世紀における人類の持続的な発展の可能性を妨げる大きな問題として私達に提起されています。これらの問題解決のために、地球上の全ての生命を支えている多様な植物を保全し、それらを活用していくことの重要性が強く認識されています。植物科学はそのための知識と技術の基盤となる学問であり、特に近年のゲノム生物学に基づいた多様な技術の発展は、農作物をも対象としたこの分野の研究をさらに重要なものとしつつあります。実際、その重要性が認識されて、アメリカ合衆国では2001年から植物ゲノムプロジェクトが開始され、ヨーロッパでも、植物科学を推進するための20年計画が、最近発表されました。

植物科学がもたらす新しい知識と技術の中で、今、社会に大きな影響を与えているのが、遺伝子組換え技術とその技術で作られた遺伝子組換え植物です。遺伝子組換え技術は、植物科学のみならず、医学も含めた現代生命科学に必須の技術です。遺伝子組換え技術を用いた作物の開発や食品への利用は、わが国における食糧戦略の根幹をなす重要な課題であり、このことはわが国政府のバイオテクノロジー戦略大綱にも謳われているところです。

遺伝子組換え作物の食品としての利用に関しては「食品安全基本法」や「食品衛生法」に基づき、また、飼料としての利用に関しては「飼料安全法」に基づき、科学的に判断されることとなっています。こうした安全性確認が既に多くの遺伝子組換え作物でなされ、これらの作物は、現実に利用されています。また、環境への安全性については、平成15年施行の「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(通称「カルタヘナ担保法」)」のもと、科学的根拠に基づいて安全を確保するための制度が国により整備されているところです。

しかし、最近、現実に生じていることは、複数の自治体において、「消費者の不安への配慮」あるいは「風評被害」などを理由として遺伝子組換え作物の栽培規制の方針が示されていることであります。この背景には、消費者の遺伝子組換え作物に対する根強い忌避感があるものと思われます。しかし、遺伝子組換え作物に対するこのように過剰なまでに否定的な風潮が継続すると、人類の持続的発展に不可欠である基礎および応用分野における植物科学研究の基盤を根底から損なう恐れがあります。また、すでに国内で大量に消費されている遺伝子組換え作物を使用した食品に対しても、いたずらに不信感を増大させることになりかねません。

このような状況下で、前述のバイオテクノロジー戦略大綱に従って、遺伝子組換え植物や食品に対して国民の理解と信頼が得られるよう安全性と効果に関する情報の提供を行い、リスクコミュニケーション・システムの構築を進めることは、まさに社会的急務であり、政府にとって重要な政策課題であると思います。
以上の視点から、植物科学分野の専門家集団としての日本植物生理学会は、その活動に求められる社会的責務を自覚するとともに、次のことを政府に提言します。

政府は、内閣府のリーダーシップのもと、関連各省庁や自治体関係者等の調整を図り、遺伝子組換え植物の基礎研究に対する過度の規制を防ぐとともに、遺伝子組換え作物や食品に関する科学的根拠に基づいた知識を社会に向けて積極的に情報発信するための体制を作る。

私たちは、遺伝子組換え技術の開発やその利用に携わる者として、安全性について充分な配慮をしつつ研究を進めるとともに、上記提言の実現を政府に強く訴え、また社会的責務を果たす一環として、科学的根拠に基づいた情報を発信していくために一層の努力と協力を惜しまないことをここに表明します。

2005年3月2日

学会活動