一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

みんなのひろば「植物Q&A」コーナーから始まった研究展開:〜ダイコンが青くなる!?〜

1.はじめに

 2011年、この広場の「植物Q&A」に、漬物製造に携わる方から、大根を切ると中心部が青く着色していることがしばしばあるが、この原因は何だろうかとの質問がよせられた。質問者の職業上の問題でもあったろうが、ダイコンは一般家庭でごく普通に使用されている食品であり、一般家庭でも気づかれている現象かもしれなかった。私がこの質問を担当することになったが、このような現象を知らなかったので、当時、野菜茶業研究所の研究員をしておられた永田雅靖さんに回答をお願いした。調べていただいた結果、ダイコンの青変症、青あざ症などとして農業上問題ともなっていた現象であった。その時点で明らかになっていた知見をまとめていただいて回答とした(登録番号2389)。普通ならばそれでお終いだが永田さんを中心として農水省の研究課題となりダイコン青変症の原因究明に発展した。その経緯は以下の永田さんの文にみられるが、私が強調したいのは、植物に関する日常的で素朴な疑問、質問に応える趣旨の学会活動が本格的な研究ばかりでなく農業上の検査技術開発にまでつながったことである。この研究は今も継続しているので将来新しい展開が期待できるものである。

今関英雅(JSPPサイエンスアドバイザー)

2.なぜ青くなる?

図1 青変症を発症したダイコンの切断面

 皆さんは、ダイコンを切って、中が青かったことはないだろうか。2011年、私が野菜茶業研究所に在籍していた時に、JSPPサイエンスアドバイザーの今関英雅先生から、「なぜ、ダイコンが青くなるのか」問い合わせをいただいた。

 調べてみると、石川県農業総合研究センター砂丘地試験場の池下洋一先生から、この現象は、ダイコン青変症(せいへんしょう)と呼ばれること(図1)、石川県では2009年に大発生し、ダイコンの品種や、収穫後の貯蔵温度によって発生に違いがあることなどを教えていただいた。ただ、発生機構については、わかっていなかった。そこで、青変症になったダイコンを送っていただき、予備的な試験を開始した。

 ダイコン青変症は、収穫した時には発生していない。それが、3~5日の流通期間中にダイコンの内部が青くなる現象である。外から見てもわからず、切ってはじめて青い色が見えるため、驚いた消費者からクレームがつくこともある。青い色は、食品にはめずらしく、どちらかと言えば食欲をそぐ色である。当初、植物内に生成する青色色素ということからアントシアニンを想定し、色素の抽出や、色素としての性質を調べて原因を確定できると思っていたが、実験を進めるに従って、水に溶けにくいことや、pHの変化で色が変わらないことから、アントシアニンとはかなり性質が違うことがわかってきた。

 このような時には、まず、基本に立ち戻って、青色ダイコンの切片に、酸やアルカリ、その他の物質で処理してみて、色がどうなるのか初歩的な試験から始めることにした。比較には、スーパーで買ってきたブドウジュースを使用した。いくつか試した中でいちばんキーになったのが、アスコルビン酸(ビタミンC)の処理で、ブドウジュースのアントシアニンは酸性によって明るい赤色になったが、ダイコン切片の青色は消えて無色に変わった。

 野菜茶業研究所は、三重県津市にあり、近くに三重大学がある。三重大学農学部の寺西克倫先生は天然物有機化学を専門とする私の大学の同級生で、顔を合わせるたびに、何かコラボレーションができればと話していたのだが、私の専門(園芸利用学)とかなり分野が離れていて、なかなか実現しなかった。今回、やっとコラボレーションのチャンスが来たと思い、ダイコンを持って寺西先生を尋ね、これまでの予備実験の結果を伝えながら、ディスカッションを重ねた。そのとき寺西先生が、ふと、還元作用を持つアスコルビン酸で無色になるのなら、逆に酸化したらどうなるのかという話になった。その日は、それでダイコンを置いて帰ってきた。

 翌日だったと思うが、寺西先生から、過酸化水素で処理したら、青くなったと興奮気味の連絡をもらい、私もこれがブレークスルーになると直感した。この発見をきっかけに、青変症を起こしやすいダイコンの品種には、青色のもとになる物質(前駆物質)が存在していて、青変症を起こしにくい品種には、その物質の含量が非常に少ないことがわかってきた。

図2 1 %過酸化水素水処理した切断面(上)および無処理の切断面(下)

 それまで、ダイコン青変症になりやすい品種かどうかは、ダイコンを20℃程度の温度で5日間貯蔵し、切断して、判定していた。これには時間がかかる上に、青色の発現が不安定で、再現性もよくなかった。それに対し、1%程度の過酸化水素水で切断面を処理する方法は、1分~5分程度で青色になる物質を持っているかどうかを判定することができた(図2)。この方法を使えば、収穫したダイコンが青変症になる可能性があるかどうかを、現場で知ることができる。この方法は、従来法に比べて約1000分の1という短時間で簡単に調べる得る方法として新規性がたかく、三重大学と農研機構で特許の共同出願を行った。さらに、収穫したダイコンの根だけでなく、ダイコンの種子の段階で、青変症になりやすいかどうか検定する方法も併せて考案した。

図3 ダイコン青色色素の前駆物質4-hydroxyglucobrassicinの化学構造。

 これらの知見をベースに、青色が発現するためには、無色の前駆物質が過酸化水素、ペルオキシダーゼの系で酸化されるためであることを見いだした。このように試験管内での検定系が確立すれば天然物有機化学の出番である。ダイコンに含まれる標的物質の分離を繰り返し、ついに単一の物質で、酵素酸化されると青色になる前駆物質にたどりついた。UV吸収スペクトル、NMR、高分解能マススペクトルなど各種機器分析のデータから、グルコシノレートの仲間の4-hydroxyglucobrassicinと同定された(図3)。

 この研究では、今関先生、私、寺西先生と、不思議なことに名古屋大学農学部に縁のある人が、偶然繋がったことにより、物質の解明まで至ったことになる。分子量が464というのも、名古屋大学の郵便番号といっしょというオチまでついた。

 この研究はまだ終わったものではない。ダイコン青変症が起きるために必要な要素がわかっただけで青変の反応機構は未解決である。その他にも阻害因子の存在なども示唆されているし、品種や、栽培条件によって発生が異なる理由についても解明されていない。現在、協力者とともに研究を進めている。最後に、開発した検定法を利用することによって、これまで行われてこなかった、青変症になりにくい特性をもったダイコンの品種改良が格段に進み、将来的にはダイコン青変症が起きていたことすら忘れ去られる時代が来るものと期待している。

農研機構食品研究部門 永田 雅靖