植物の自爆装置
植物だって病気になります。私たち人間を含めた動物は、免疫系などの防御システムを持っていて病原菌などが身体の中に侵入するのを防いでいます。でも植物には免疫系はありません。では、植物はどのようにして病原菌の感染を防いでいるのでしょうか。
病原菌の感染が軽い場合には、抗菌物質を作ることにより病原菌を追い出しますが、重い感染の場合には、感染した細胞が自らすばやく死ぬこと、つまり自爆することで、他の細胞への侵入を食い止めます (図参照)。
クリプトゲインによる細胞死
左は正常な葉、葉の右の茶色い部分ははクリプトゲインにより細胞が自殺した部分
この現象は過敏細胞死と呼ばれ、植物のもつ自爆装置の一種と考えられています。過敏細胞死は、病原菌が分泌する物質や病原菌の細胞壁の分解産物などによって引き起こされます。これらの物質を総称してエリシター (elicitor) と呼びます。
過敏細胞死が起こるまでのステップは大きく分けて、1) エリシターの植物細胞への結合、2) 細胞膜の内外に生じているイオンバランスの変動、3) 活性酸素の放出、4) 細胞の死、という順序で進むと考えられています。
私たちは、エリシターの構造がこれらの4つのステップにどのような影響を与えるのかという問題を中心に過敏細胞死の研究を進めています。研究材料として疫病菌 (Phytophthora cryptogea) が分泌するクリプトゲインと呼ばれるエリシターたんぱく質を用いています。このたんぱく質を用いる利点は、この遺伝子を、疫病菌から取り出して、組換えDNA技術を用いて、遺伝子を自由に改変した後、酵母 (Pichia pastoris) に改変した遺伝子を導入して、色々性質を変えたものを人工的に作ることができることです。
正常なクリプトゲインをタバコ培養細胞 (BY-2)に加えると、非常に低濃度のクリプトゲイン (50nM~100nM) で過敏細胞死が起こることがわかりました。私たちは現在、構造を人工的に改変した4種類のクリプトゲインの変異体について調べています。これらの中には、過敏細胞死を起こしにくくなったもの、またこれとは逆に、より強く過敏細胞死を起こすものがありました。これら変異体を調べることで、植物の自爆装置の仕組みが分かると私たちは考えています。この仕組みが明らかになれば、雑草を自爆させたり、野菜を自爆から守ったり、植物を人間生活により役立たせることが出来るようになるでしょう。
静岡大学理学部 天野 豊己
sbtaman@ipc.shizuoka.ac.jp
語句
- 抗菌物質
- 活性酸素
- 疫病菌 (Phytophthora cryptogea)
- クリプトゲイン
- タバコ培養細胞 (BY-2)