解説・エッセイ

植物への線虫の感染のしくみ

 皆さん、ぎょう虫検査を受けたことがあるでしょうか。ぎょう虫は、我々、ヒトに寄生する線虫のなかまです。また、バクテリアを餌とする土壌線虫もいて、実験動物として有名なC. elegansは、この土壌線虫に属します。

 一方、植物に感染する植物感染性線虫もいます。この植物感染性線虫は、トマトや大豆、ニンジンやジャガイモなど、多くの作物に感染し、大きな農業被害をもたらす害虫でもあります。このような植物感染性線虫の植物への感染のしくみを研究することで、植物と動物の相互作用に関わる仕組みがわかるだけでなく、農業的な線虫対策にもつながることが期待されます。

 では、植物感染性線虫はどのようにして植物に感染するのでしょうか。本稿では、主にネコブセンチュウの感染過程について解説します。

 ネコブセンチュウは土壌中で孵化します。頭と尻尾は見た目で容易に区別できます。孵化後の個体中には、油分を主成分とする栄養源が備わっており、餌を摂取しなくても長期間生きていられます (右図)。実験室では、12℃の水中につけておくだけで、1年以上保存可能です。線虫は、餌となる植物を見つけると、主に、根から侵入します。この時、ネコブセンチュウは細胞壁分解酵素を分泌し、根の表皮細胞の細胞壁を溶かしながら根に侵入します。その後ネコブセンチュウは根の中を移動しながら、侵入した植物の細胞を操って作りかえ、自分の餌となる細胞を作り始めます。ネコブセンチュウの口はストロー状になっており、口針と呼ばれます (右図)。ネコブセンチュウは維管束付近にある自分の餌にするのにちょうど良い細胞を見つけると、この口針を刺し、さまざまなエフェクター因子を注入します。エフェクター因子には、植物細胞を再分化させるタンパク質や植物細胞におけるデフェンス機能を抑制する蛋白質などが含まれます。エフェクター因子を注入された植物細胞では、通常1個の核が5-10個に増殖し、細胞の堆積も大きくなります。このような細胞を巨大細胞 (Giant Cell) と呼びます (下図)。

 その巨大細胞の周りの細胞も細胞分裂を盛んにするようになり、これによってネコブセンチュウに感染した植物の根には、こぶのようなものが見られるようになります。巨大細胞では、多核の細胞から沢山の蛋白質が翻訳されます。ネコブセンチュウは、巨大細胞に口針を刺し、このような蛋白質をエサとし、大きく成長します。大きくなったネコブセンチュウは、巨大細胞付近に頭部を残したまま、尾部は根の表層付近まで達します。そして、尾部から根の表面にゼリー状の物質を分泌し、その中に多くの卵を産みつけます。そのため一度ネコブセンチュウで土壌が汚染されると、作物は大変な被害を受けることになります。

 近年、植物の形態形成において重要な役割を担う、CLV3遺伝子 ((4)植物の形づくり、経塚淳子 参照) に似た遺伝子を、植物感染性線虫も持っていることが分かってきました。このことから、線虫は感染した際、植物のCLV3に似た信号を根の中に注入し、植物の細胞を乗っ取って自分に都合のよい細胞を作り出していると考えられています。実際に、CLV3を受け取る受容体の一つであるCLV2 ((4)植物の形づくり、経塚淳子 参照) の機能が失われた植物では、植物細胞を作りかえる信号がうまく伝わらず、線虫感染に抵抗性を示すこともわかっています。これらのことから、ネコブセンチュウは進化の過程で植物の形づくりに重要な遺伝子を獲得することで、容易に植物を操る術を手に入れたのかもしれません。土壌中に多く存在しているバクテリアを餌とする土壌線虫に対して、ネコブセンチュウなどの植物感染性線虫は植物を操る術を獲得したことで、一生のうちの大半を植物体内で過ごし、敵から身を守るという戦略をとったのでしょう。また、それに対して植物側も進化の過程でネコブセンチュウに対抗する力を手にしたものもあります。これからも植物VS植物感染性線虫の戦いは続いていくことでしょう。植物感染性線虫の感染機構における分子機構の解明を進めていくことで、植物と動物の相互作用に関わる進化の謎をひも解くことができるかもしれません。

熊本大学大学院自然科学研究科 江島 千佳、澤 進一郎