一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

解説・エッセイ

植物のかたちづくり

 植物も、動物と同じように種によってさだめられたかたちを持っています。花や葉のかたち、花の付き方、葉の付き方、さらには樹木の枝の張り方ですら、その種ごとに決まっているのです。このように植物のかたちが種によって決まっているということは、植物のかたちが遺伝的に、すなわち遺伝子によって決定されているということを意味します。

 植物の地上部のかたちづくりのおおもととなるのは、茎頂分裂組織と呼ばれる小さな組織です。茎頂分裂組織は胚発生 (受精して種子ができるまで) の過程で作られます。最も研究が盛んなシロイヌナズナでは、胚発生時にCUC1、CUC2、STMといった遺伝子が働かないと茎頂分列組織が作られないことがわかってきました。これらの遺伝子は、ほかの遺伝子の発現を制御する転写因子と呼ばれるタンパク質をつくるのですが、実際にどの遺伝子をコントロールしているのかはまだわかっていません。

茎頂分裂組織の構造

茎頂分裂組織は、シロイヌナズナではほんの数十程度の細胞から構成されています (図)。

 細胞学的観察から、茎頂分裂組織は最も外側の1層の細胞列からなるL1層、その内側のL2層、さらに内側の細胞全体を含むL3層という3層構造を作っていることがわかります。また、これとは別に、細胞の機能に着目し、中心部 (central zone; CZ) と周辺部 (peripheral zone; PZ) に分けて考えることもできます。茎頂分裂組織の最も大切な機能は、中心部の未分化な細胞を維持したまま、遺伝的に決定されているプログラムに則って周縁部の細胞を器官分化に向けて送り出し続けることです。植物が未分化状態の維持と分化とのバランスを保ち続けるためには、CLV1、CLV2、CLV3、WUS等の一連の遺伝子が必要です。CLV1、CLV2、CLV3遺伝子の機能が損なわれた突然変異体では器官分化が進まず、茎頂分裂組織に未分化な細胞群が過剰に蓄積してしまい、その結果、茎頂分裂組織は肥大化したドーム状の構造となります。これとは逆に、WUS遺伝子が正常に機能しなくなった突然変異体では茎頂分裂組織がまったく形成されなかったり、形成されても未分化な細胞群が維持されず成長のごく早い時段階で器官分化が止まってしまいます。WUSタンパク質も転写因子であると考えられていますが、CLV1、CLV2、CLV3は細胞内で信号を伝える機構 (信号伝達系路) にかかわっています。CLV3は細胞の外から来る信号として働き、CLV1、CLV2がその信号を受け取る受容体 (レセプター) として、受け取った信号をさらに細胞内の次のステップへと伝える仕事を行っています。

 未分化な細胞の維持と分化のバランスを保つためにCLV1、CLV2、CLV3とWUSはお互いにその働きを調節し合っています。CLV1、CLV2、CLV3が働きすぎるとWUSがそれを抑制し、逆にWUSが過剰に働くとCLV1、CLV2、CLV3がそれを押さえるのです。このようにして生み出された巧妙なフィードバック機構により植物の一生を通して茎頂分裂組織が維持されることが、植物のかたちづくりの基礎となるのです。

 植物のかたちづくりを遺伝子から理解するという試みは、シロイヌナズナを用いた分子遺伝学的解析により、大きな成功を収めつつあります。しかし、これらの遺伝子から作られるタンパク質は実際にどのように働くのか、他にはどのような遺伝子がかかわっているのかなど、理解が進めば進むほど新たな課題が生まれてきます。これらの問いに答えるには、遺伝学、分子生物学、生化学などを組み合わせて総合的に研究を進めていくことがますます必要となりつつあるのです。

奈良先端科学技術大学 バイオサイエンス研究科 
             現:東北大学大学院生命科学研究科 経塚 淳子
junko.kyozuka.e4@tohoku.ac.jp

さらに詳しく勉強したい人は
  • 植物学がわかる (アエラムック、朝日新聞社)
  • 植物のかたちを決める分子機構 (細胞工学別冊、秀潤社)

などを参照してください。