花芽を作るホルモン・フロリゲン

 
はじめに

 フロリゲンは花芽を作るスイッチとしてはたらく植物ホルモンです。長い間その正体が分からず、教科書にも「未知の物質」等と書かれていました。しかし最新の研究成果によってその正体が解明され、フロリゲンに関わるさまざまな新発見が続いています。文字通り「教科書を書き換えた」これらの発見には、日本の植物生理学研究が特に重要な貢献をしてきました。ここではフロリゲンのはたらきについて、身近な例とともに解説します。

花の咲く時期の重要性

 植物が花を咲かせる時期をコントロールすることには、どんな重要性があるのでしょうか。例えば私たちが普段口にしているお米。北海道は今でこそお米の一大産地ですが、安定的にお米が作られるようになったのは明治時代以降のことです。どんな工夫がこれを可能にしたと思いますか?寒さに強い品種ができたから、と考えそうですが、最大の貢献は早く花を咲かせる品種の育成にありました。北海道では秋の時点で気温が低いため、その前に穂をつけることが安定した生産に重要だったという訳です。最新の研究では北海道での稲作を可能にした遺伝子も特定され、この遺伝子のタイプが北海道型の場合にフロリゲンの合成量を増やす効果をもつことも明らかになっています。

日長による植物の季節認識

 フロリゲンの存在は、植物が花を咲かせる時期をどう決めるのかを調べる研究の過程で見いだされました。いろいろな作物、たとえばイネやダイズの種子を、時期をずらしながら種まきするとどうなるでしょう。多くの場合、種まきの時期をずらしたにも関わらず同じ時期・季節に花を咲かせます。つまり植物は花を咲かせるべき季節の到来を認識でき、いつ種まきされようがその季節がきたら咲くのです。では、植物はどうやって季節を認識しているのでしょうか。温度を計っている?と思いがちですが、植物が季節を見分けるためのもっとも重要な情報は日の長さ(日長)であることが分かっています。イネや菊では、日長がたった30分変わったことを見分けて花を咲かせるタイミングを変えることができます。もし人間が時計も見ずに、昨日より今日の日没が30分遅いことを認識しようとしたらとても困難でしょう。植物の日長認識がいかに精巧にできているか想像いただけると思います。

フロリゲンの正体と機能

 さてフロリゲンは、葉が最適な日長を認識した時に葉で合成され、茎の先端まで輸送されて花芽形成を開始させる植物ホルモンです(図1)。

図1 茎の先端に到達したフロリゲン。
フロリゲンFTは葉で合成された後茎の先端まで輸送され花芽形成を開始させます。写真はイネの茎の先端を示します。フロリゲンが緑色の蛍光を発するように改変し、その分布を追跡した際の写真です。

 

 さまざまな実験からフロリゲンが存在することは確実視されてきましたが、これを物質として単離することは困難で、長い間その正体は謎に包まれていました。しかし近年の植物生理学の発展はこうした状況を突破することに成功しました。フロリゲンの正体はFTと呼ばれる遺伝子にコードされたタンパク質だったのです(図2)。

図2 フロリゲンFT/Hd3aの立体構造。
約170アミノ酸からなる球状のタンパク質です。青色は受容体との結合部位、黄色は機能に必須の領域です。

 

 「緑の革命」や種無しぶどうで有名なジベレリンをはじめ、植物ホルモンの実体は低分子化合物やペプチドが一般的ですが、フロリゲンはこれらと比べてずいぶん巨大なタンパク質が丸ごと植物ホルモンとしてはたらく点で興味深いと思います。
 その後の研究から、フロリゲンFTの働き方も詳しく分かってきました。葉から茎の先端に輸送されたFTは、他のタンパク質と合体し、細胞の核内で機能的な複合体をつくります。これがDNA上に結合して、花芽をつくるために必要な遺伝子を活性化させていたのです(図3)。

図3 フロリゲン複合体の立体構造。
フロリゲン、受容体、転写因子(DNAに結合する)から構成されています。

日本の植物生理学研究の貢献

 これらの発見には日本の植物生理学研究の貢献も小さくありません。1940年代から京都大学を中心に鋭敏な短日応答を示すアサガオを用いた独創的な研究が繰り広げられて来ました。フロリゲンの本体であるFTは、1999年に京都大学の荒木 崇教授らのグループとドイツの研究グループが独立に発見しました。FTをDNA上につなぐタンパク質を発見したのも荒木教授とドイツのグループです。FTがフロリゲンとして働いていることは2007年から2008年にかけて報告が相次ぎましたが、その中でも奈良先端大の故・島本功教授や京都大学の荒木教授の報告は重要な位置づけにあります。島本教授はフロリゲン受容体も発見し、大阪大学のグループと共同でフロリゲン複合体の立体構造も解明しました。

おわりに

 今ではフロリゲンの正体が明らかになり、その作用の仕組みも詳しく分かってきています。こうした発見を利用して、将来フロリゲンを利用した新しい植物改良の道筋が開かれるかも知れません。フロリゲンの量を人工的に変化させることで、秋咲きのキクを四季咲きに改良したり、5年も穂をつけずに茎葉を出し続けるバイオマスイネが開発されています(図4)。またフロリゲンは、花だけでなくジャガイモを作ったりタマネギを作ったりと驚くべき多様な機能を持っていることも分かってきました。
しかしまだまだ分からない、面白い研究テーマは山積みです。フロリゲンはどうやって輸送されるのでしょうか?茎の先端にどう分布しているのでしょうか?どうやって花芽とジャガイモを作り分けるのでしょうか?フロリゲンは今後も、基礎と応用の両面に新しい研究領域を提案してくれる魅力的なテーマのひとつだといえるでしょう。

図4 フロリゲンによる植物改良。
(左)フロリゲンの量を増やすことで、秋咲きの大輪キクを四季咲きに改良した。
(右)フロリゲンの量を減らすことで、穂をつけず葉を出し続けるイネを作出した。
 写真は移植後5年間穂をつけていないイネ。

 

興味を持った方には以下の参考文献をお勧めします。

荒木 崇 (2009) 「フロリゲンの分子生物学」 光周性の分子生物学(海老原史樹文・井澤 毅 編) シュプリンガー・フェアラーク東京, pp. 53-63

辻 寛之, 島本 功 (2012) 「フロリゲンが花を咲かせるメカニズム」農業技術大系 花卉編 32: 2-9

 

高校生の皆様には以下の参考文献もお勧めします

辻 寛之 (2014) 高校生物解説書・植物編(監修 町田泰則/岡田清孝/山本興太郎)第3章「花芽形成とフロリゲン」 講談社

横浜市立大学・木原生物学研究所 辻 寛之