解説・エッセイ

植物細胞内の交通システム

 真核細胞の中には、膜に囲まれた多数の細胞小器官 (オルガネラ) が存在します。葉緑体やミトコンドリアといった二重の膜により囲まれたオルガネラは、真核細胞の祖先にある種の細菌が共生することにより生まれたことが分かっています。では、ゴルジ体や液胞など、一重の膜により囲まれたオルガネラはどうでしょう。これら一重膜の細胞小器官は、祖先真核細胞の細胞膜が細胞内にくびれ込むことによりうまれ、進化の過程で様々な機能をもつ多数のオルガネラに徐々に分化してきたと考えられています。また、動物と植物では、はたらきの異なる細胞小器官もいくつか存在します。これは、動物と植物が独自にオルガネラの機能を多様化させてきた結果です。

 それぞれの一重膜オルガネラは、膜によって囲まれた小胞、あるいは細管を介してお互いの内容物をやりとりし、細胞内の正しい場所へとタンパク質などの物質を輸送しています (図1)。この輸送の仕組みは、道路や乗り物を介した交通システムになぞらえ、「膜交通」と呼ばれます。それぞれの都市が、その歴史や人々の需要を反映して独自の交通網を整備してきたことと同様に、膜交通の仕組みも、それぞれの生物に特有の生活環や体制に応じ、独自に進化してきたのです。さらに、新たな膜交通経路の誕生は、新たなオルガネラの誕生とも密接に関わります。したがって、植物に固有の現象と膜交通やオルガネラ機能の関連を明らかにするためには、動物や酵母など他の生き物の知見をそのまま当てはめるだけでは不十分なのです。

 近年、植物を含む多くの生物のゲノム情報が利用可能となり、膜交通がどのような進化の道筋を辿ってきたのかが徐々に明らかとなってきました。真核生物の共通祖先には、既に層板構造を持ったゴルジ体や、多胞化したエンドソームなどの複雑なオルガネラが備わっていたと考えられています。これらのオルガネラは、系統間における形態や機能の変化を伴いつつも、基本的には現存する生物に共有されています。一方、植物に固有の膜交通経路の存在が近年明らかとなり、そこで機能する分子の実態も少しずつ解明されています (図2)。さらに、その植物に固有の膜交通経路が、環境ストレスや病原菌応答において重要な役割を担っていることも分かってきました。植物は進化の過程で独自の膜交通経路を開拓し、複雑で多様な植物の高次生命現象を支えるオルガネラ機能を編み出してきたのです。

図1

図1 シロイヌナズナのゴルジ体 (粒状の構造) と小胞体 (背景に広がる網目状の構造)。
両者の間でも小胞を介した物質のやりとりが盛んにおこなわれている (AtERD2-GFPにより可視化した)。

図2

図2 進化の過程で動物や酵母には無い植物独自の膜交通経路が生まれ、
植物の様々な生命現象を支える仕組みとして機能している。

東京大学大学院理学系研究科 
現:基礎生物学研究所 上田 貴志