植物Q&A

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レタスの不眠症改善能について

質問者:   その他   山縣
登録番号0259   登録日:2005-05-25
はじめまして。以前、レタスが不眠症改善に効果があり、ラクッコピコリンという物質が作用するとテレビか何かで聞きましたが、植物についてあまり詳しくないため、ラクッコピコリンという物質がどういう生理活性物質かわかりませんでした。
ラクッコピコリンとは、どういう物質で、ヒトの中枢神経にどう作用するのか教えていただけますでしょうか?

また、有名な論文や、PubMedで検索する場合、ラクッコピクリンの正式な英単語も教えていただければ幸いです。よろしくお願いします。
山縣さん

お待たせしました。

どのようなテレビ番組で「ラクッコピクリン」なるものが紹介されたのか判りませんが、何となく化学物質的な名前ですので天然物化学や化学物質をまとめた文献類を調べてみましたところ、レタス(Lactuca sativa, L. virosa, L. elongataなど)やチコリ(Cichorium intybus)に含まれるセスキテルペン・ラクトン類の中にlactucopicrin (ラクチュコピクリン)という物質のあることが判りました。レタスやチコリの苦味成分の一つとされています。
おそらく、ラクチュコピクリンが言葉伝送ゲームのように、本質を知らない人の口から口へ伝えられる間に「ラクッコピクリン」となったのでしょう。言葉伝送ゲームとしては優秀な成績ですね。英語で発音すると本当に「ラクッコ」と聞こえるのかも知れません。

さて、質問中にあるもう一つのキーワード「レタス」「不眠症改善」を指標とするとかなり古い手応えがあります。古くからレタスやレタスを傷つけるとしみ出る乳液(レタスの属名Lactuca はlac[乳液]を出す仲間の意味です。)に薬効があることが記載されています。また、乳液が「苦味」をもつことも記載されています。ローマ皇帝ネロ(一世紀後半)の軍隊の軍医であり植物学者でもあったペダニオス・ディオスコリデスは古代ギリシャから当時まで知られていた薬草や薬草学を調べ直して整理した中で栽培レタスやトゲチシャ(Lactuca scariola)の乳液には「鎮静効果」があるとしています。今日で言う薬草学や生薬学あるいは本草学に基づいた古典医学ではレタス類の鎮静効果は長い間信じられてきたようで、18世紀末にアメリカの医師がレタスの乳液を乾燥させたものを阿片の代用物として処方しています。動物実験ではレタス乳液乾燥物に強い催眠作用をもつことも知られるようになりました。19世紀末までにはレタス乳液の乾燥物が医薬品と認められたことは、例えば当時のイギリス薬局方などにも記載されたことで明らかです。

ところで、レタス乳液のどんな成分が鎮静作用、催眠作用をもつのでしょうか。20世紀に入ると分析技術が格段と進歩しレタス乳液の成分が詳細に追究され、主要な薬効成分はセスキテルペンラクトン類(炭素数15個の炭化水素、分子内エステル構造をもつ)でラクチュシン(lactucin)、デオキシラクチュシン(deoxylactucin)とラクチュコピクリン(lactucopicrin)が中心物質であり、ラクチュコピクリンが苦味の成分であると同時に、古くから知られていたレタスの鎮静作用の主成分であることが明らかにされました。今日では、レタス乳液やその薬効成分よりもレタスの煎じ汁を「睡眠障害」「不安症状」「小児の神経過敏症」などの療法として用いているようです。
ちなみに、lactucopicrinはレタス類の属名Lactucaと「苦い、苦味」を意味するギリシャ語pikrosとの合成語と考えられます。

このように、レタスには鎮静効果や催眠効果をもつ化学物質が含まれていることは確かなようです。だから、「レタスをたくさん食べたら不眠症にも不安症状にも効果がありますよ」などと言うのは間違いだと思います。「ラクッコピクリン」の話を信じてその効果が出るほどレタスを食べるにはどの位のレタスを毎日食べる必要があるのか計算する気にもなりませんが、そんなことをしたらそれ以外の成分も同時に大量に摂取するわけですから何が起こるか予測できない危険なことです。少なくとも胃の調子が悪くその晩は「眠れない」ことは十分予測されることです。
JSPPサイエンスアドバイザー
 今関 英雅
回答日:2009-07-03