質問者:
その他
加瀬まり子
登録番号0619
登録日:2006-04-30
木の枝についている葉は、どのようにしてささえられているのですか?葉っぱについて
力学的に教えてください。
加瀬まり子さま
みんなの広場へご質問をお寄せ下さり有難うございました。頂いたご質問の回答を植物が葉をどのように支えるのかにつての研究をなさっておられる東京大学日光植物園の館野正樹先生にお願いいたしました所、以下のような丁寧なご回答をお寄せ下さいました。きっと参考になると思いますので、じっくりと讀んで下さい。
枝が葉をどのように支えているのかというご質問ですが、葉がたくさん集まってできている樹冠を幹がどのように支えているのか、という植物体全体の力学的デザインについての質問に読みかえさせてください。この質問について生理学および生態学の視点からお答えしたいと思います。
1.どうやって細胞は強度を上げ、形を維持するの?
植物体全体のデザインの話をする前にまず、植物細胞がどのようにして力学的な強度を維持しているのか、かんたんに書いておきましょう。これは建物のアナロジーとして理解できます。東京ドームの屋根には硬い構造はありません。ドーム内の気圧を外部の気圧よりも高くしているので、ドームの構造が維持されるわけです。まるで風船ですね。一方、写真で見る限り大阪ドームの屋根には鉄骨の梁が入っていて、これによってドームの形状が維持されています。植物細胞の力学的強度の維持にも、これに似た二つののやり方があるのです。
多くの木本の細胞には厚い細胞壁があります。これが鉄骨の梁の役割をしています。大阪ドーム型ですね。木本は乾燥してしまっても形が変わらない場合が多いのですが、これは厚い細胞壁によって形が維持されているからなのです。一方、多くの草本の細胞壁は薄くて、それだけでは十分な強度をもつことができません。この場合、細胞が水を吸水することで生じる膨圧によって強度が維持されています。草本が水を失うと萎れてしまうのは、膨圧によって形を維持しているからですね。東京ドームの内部の気圧が外部よりも下がれば屋根がつぶれてしまうのと同じです。多くの草本は東京ドーム型といって良いでしょう。
どうして木本と草本では細胞の力学的な強度維持のためのメカニズムが異なるのでしょうか。草本の細胞の寿命はせいぜい1年です。このくらいの期間ならば細胞は生きているので、生きている細胞だけがもつ膨圧による形の維持が可能です。おそらく膨圧を使う方が、厚い細胞壁を作るよりも少ないエネルギーですむのでしょう。一方の木本ですが、極端な場合何千年も生き続けるわけでして、その場合、木部の細胞の大半は死んでいることになります。ですから膨圧は使えず、細胞壁によって形を維持するしかないのだと考えることができます。
2.建築基準法がなくても植物の力学的デザインはそれに準じている
植物体全体の力学的デザインを考える上でも建物は良い教材となります。最近マンションなどの強度についての偽造問題が発覚しましたね。強度についての建築基準法には、建物の柱は建物の重さの何倍かの重さを支えられなければいけない、という決まりがあります。この決まりに違反した建物を作りながら計算上は違反していないように見せかけたのが、例の偽造問題です。
力学的には、柱が支えきれないほどの荷重がかかると、座屈という現象がおきます。たわんでしまうわけです。さらには破壊されてしまうこともあります。力学の分野では、柱の耐えられる最大の荷重/実際にかかっている荷重の比を安全率と呼びます。建築基準法では、例えばの話ですが、安全率が9以上ならば建物は十分な強度をもつので、これ以上の安全率を満たしなさいと定めるわけです。安全率1でも何とか立っているのですが、これでは地震が来たりすれば容易に壊れてしまいます。ですから、かなり強い、つまり太い柱を作らなければならないように決めているのですね。
植物の場合、幹が支えられる最大の樹冠の重量/実際の樹冠の重量(これも安全率と呼びます)を測ってみると、多くの場合4程度となります。ある程度安全を重視しつつ形を作っているようにみえます。実は、このように作ると台風の最大瞬間風速にも何とか耐えられるのです。もっと高い安全率でも良いように思えますが、そうすると不経済となります。樹冠を小さくして幹を太くしたり、また幹を短くしても安全率は上がりますが、成長速度が低下してしまうのです。小さい樹冠は誰がみても光合成に不利ですし、背が低いことも被陰される可能性が出てくるので、やはり光合成を効率的に行うには不利になります。植物に法律はありませんが、そのデザインは合理的なものに進化しているのです。
この安全率は、環境にあわせて植物が変化させていることも重要です。混み合った森林では光を巡った競争が激しいので、植物はとにかく背が高くなるように伸長成長を優先させます。その結果ひょろ長い幹をもった植物ができてしまいます。こうなると安全率は1近くまで低下してしまいます。場合によっては1未満ということもあります。それでも伸長成長を優先させないと競争下では生きてはいけないのでしょう。競争が激しければ経済性重視ということでしょう。最近では林業の採算が取れなくなって、間引きを行わなくなった人工林が増えているのですが、このような林では植物どうしの競争が激しくなります。ここでは、伸長成長が優先された結果として安全率が1未満となり、座屈を起こしてしまった木を見かけることがあります。一方、山岳地帯の稜線や海岸沿いでは平地よりも強い風が吹く場合が多く、こうした力学ストレスの多い環境では安全率は10近くまで上昇していきます。伸長生長よりも肥大成長を優先させ、より安全性重視となるわけです。こうしたデザインの変化をチグモモルフォジェネシスと呼びます。
3.安全率を変えるメカニズム
では、植物はどのようにして安全率を維持したり、変化させたりするのでしょうか。植物ホルモンであるエチレンは、このような制御に関わっている重要な役者です。風が強いと幹に力学的なストレスがかかります。ストレスのかかった細胞はエチレンを合成し、このシグナルによって伸長生長が抑制され、肥大成長が促進されるわけです。風が弱いとエチレン合成が少なくなり、伸長生長が優先されるようになります。
また、光を巡った競争が激しいかどうかは、フィトクロームを使って知ることができます。周りにライバルが多いと、植物の受ける赤色光/遠赤色光の値が小さくなります。クロロフィルが赤色光のほうを遠赤色光よりも優先的に吸収するためです。この比をフィトクロームが測っていて、赤色光/遠赤色光の値が小さくなると伸長生長を優先するように命令するわけです。
生物をみるときに力学的な視点を取り入れてみましょう。より理解しやすくなる場面は他にも多くありそうですよ。動物の骨の太さもその一例ですね。あとは、経済性か安全性か、という考え方も有効です。
館野 正樹(東京大学日光植物園)
みんなの広場へご質問をお寄せ下さり有難うございました。頂いたご質問の回答を植物が葉をどのように支えるのかにつての研究をなさっておられる東京大学日光植物園の館野正樹先生にお願いいたしました所、以下のような丁寧なご回答をお寄せ下さいました。きっと参考になると思いますので、じっくりと讀んで下さい。
枝が葉をどのように支えているのかというご質問ですが、葉がたくさん集まってできている樹冠を幹がどのように支えているのか、という植物体全体の力学的デザインについての質問に読みかえさせてください。この質問について生理学および生態学の視点からお答えしたいと思います。
1.どうやって細胞は強度を上げ、形を維持するの?
植物体全体のデザインの話をする前にまず、植物細胞がどのようにして力学的な強度を維持しているのか、かんたんに書いておきましょう。これは建物のアナロジーとして理解できます。東京ドームの屋根には硬い構造はありません。ドーム内の気圧を外部の気圧よりも高くしているので、ドームの構造が維持されるわけです。まるで風船ですね。一方、写真で見る限り大阪ドームの屋根には鉄骨の梁が入っていて、これによってドームの形状が維持されています。植物細胞の力学的強度の維持にも、これに似た二つののやり方があるのです。
多くの木本の細胞には厚い細胞壁があります。これが鉄骨の梁の役割をしています。大阪ドーム型ですね。木本は乾燥してしまっても形が変わらない場合が多いのですが、これは厚い細胞壁によって形が維持されているからなのです。一方、多くの草本の細胞壁は薄くて、それだけでは十分な強度をもつことができません。この場合、細胞が水を吸水することで生じる膨圧によって強度が維持されています。草本が水を失うと萎れてしまうのは、膨圧によって形を維持しているからですね。東京ドームの内部の気圧が外部よりも下がれば屋根がつぶれてしまうのと同じです。多くの草本は東京ドーム型といって良いでしょう。
どうして木本と草本では細胞の力学的な強度維持のためのメカニズムが異なるのでしょうか。草本の細胞の寿命はせいぜい1年です。このくらいの期間ならば細胞は生きているので、生きている細胞だけがもつ膨圧による形の維持が可能です。おそらく膨圧を使う方が、厚い細胞壁を作るよりも少ないエネルギーですむのでしょう。一方の木本ですが、極端な場合何千年も生き続けるわけでして、その場合、木部の細胞の大半は死んでいることになります。ですから膨圧は使えず、細胞壁によって形を維持するしかないのだと考えることができます。
2.建築基準法がなくても植物の力学的デザインはそれに準じている
植物体全体の力学的デザインを考える上でも建物は良い教材となります。最近マンションなどの強度についての偽造問題が発覚しましたね。強度についての建築基準法には、建物の柱は建物の重さの何倍かの重さを支えられなければいけない、という決まりがあります。この決まりに違反した建物を作りながら計算上は違反していないように見せかけたのが、例の偽造問題です。
力学的には、柱が支えきれないほどの荷重がかかると、座屈という現象がおきます。たわんでしまうわけです。さらには破壊されてしまうこともあります。力学の分野では、柱の耐えられる最大の荷重/実際にかかっている荷重の比を安全率と呼びます。建築基準法では、例えばの話ですが、安全率が9以上ならば建物は十分な強度をもつので、これ以上の安全率を満たしなさいと定めるわけです。安全率1でも何とか立っているのですが、これでは地震が来たりすれば容易に壊れてしまいます。ですから、かなり強い、つまり太い柱を作らなければならないように決めているのですね。
植物の場合、幹が支えられる最大の樹冠の重量/実際の樹冠の重量(これも安全率と呼びます)を測ってみると、多くの場合4程度となります。ある程度安全を重視しつつ形を作っているようにみえます。実は、このように作ると台風の最大瞬間風速にも何とか耐えられるのです。もっと高い安全率でも良いように思えますが、そうすると不経済となります。樹冠を小さくして幹を太くしたり、また幹を短くしても安全率は上がりますが、成長速度が低下してしまうのです。小さい樹冠は誰がみても光合成に不利ですし、背が低いことも被陰される可能性が出てくるので、やはり光合成を効率的に行うには不利になります。植物に法律はありませんが、そのデザインは合理的なものに進化しているのです。
この安全率は、環境にあわせて植物が変化させていることも重要です。混み合った森林では光を巡った競争が激しいので、植物はとにかく背が高くなるように伸長成長を優先させます。その結果ひょろ長い幹をもった植物ができてしまいます。こうなると安全率は1近くまで低下してしまいます。場合によっては1未満ということもあります。それでも伸長成長を優先させないと競争下では生きてはいけないのでしょう。競争が激しければ経済性重視ということでしょう。最近では林業の採算が取れなくなって、間引きを行わなくなった人工林が増えているのですが、このような林では植物どうしの競争が激しくなります。ここでは、伸長成長が優先された結果として安全率が1未満となり、座屈を起こしてしまった木を見かけることがあります。一方、山岳地帯の稜線や海岸沿いでは平地よりも強い風が吹く場合が多く、こうした力学ストレスの多い環境では安全率は10近くまで上昇していきます。伸長生長よりも肥大成長を優先させ、より安全性重視となるわけです。こうしたデザインの変化をチグモモルフォジェネシスと呼びます。
3.安全率を変えるメカニズム
では、植物はどのようにして安全率を維持したり、変化させたりするのでしょうか。植物ホルモンであるエチレンは、このような制御に関わっている重要な役者です。風が強いと幹に力学的なストレスがかかります。ストレスのかかった細胞はエチレンを合成し、このシグナルによって伸長生長が抑制され、肥大成長が促進されるわけです。風が弱いとエチレン合成が少なくなり、伸長生長が優先されるようになります。
また、光を巡った競争が激しいかどうかは、フィトクロームを使って知ることができます。周りにライバルが多いと、植物の受ける赤色光/遠赤色光の値が小さくなります。クロロフィルが赤色光のほうを遠赤色光よりも優先的に吸収するためです。この比をフィトクロームが測っていて、赤色光/遠赤色光の値が小さくなると伸長生長を優先するように命令するわけです。
生物をみるときに力学的な視点を取り入れてみましょう。より理解しやすくなる場面は他にも多くありそうですよ。動物の骨の太さもその一例ですね。あとは、経済性か安全性か、という考え方も有効です。
館野 正樹(東京大学日光植物園)
JSPPサイエンスアドバイザー
柴岡 弘郎
回答日:2006-05-18
柴岡 弘郎
回答日:2006-05-18