一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物の危機管理システム

質問者:   その他   加瀬まり子
登録番号0719   登録日:2006-05-31
植物の危機管理システムについて説明お願いします。

植物は「匂い」を使って、害虫に対し攻撃したり自分を守るために防御したり植物同士でコミュニケーションをとったりしているそうです。
これを具体的な例をあげ、もう少し詳しく教えてください。
また、「匂い」以外の植物の危機管理システムを具体的例を挙げて説明をお願いします。

加瀬まりこ様

みんなのひろば質問コーナーへの質問をありがとうございます。
化学生態学が専門の京都大学生態学研究センターの高林純示先生にご回答いただきました。また、登録番号0735にも関連した質問と回答がありますので、ご参照ください。


お答え
 1980年代より「植物が昆虫などの植食者の食害をうけた場合、その植食者の捕食性天敵を呼び寄せる匂い成分を誘導的に生産・放出する」という現象が報告されてきています。また、この関係を媒介している植物由来の揮発性成分は、植食者の食害で特異的に誘導されます。具体的な例では、チリカブリダニという小さな(体長0.6ミリ)捕食性のダニは、重要害虫であるハダニの有効な天敵として有名です。1983年、オランダのSabelis とvan de Baanはチリカブリダニがナミハダニ食害リママメ葉の匂いに誘引されることをY字型のオルファクトメーター(嗅覚計)を用いて示しました。この論文を皮切りに、リママメ−ナミハダニ−チリカブリダニ三者系に関する化学生態学的な研究が進み、チリカブリダニはナミハダニの食害を受けた植物が特異的に放出するかおりを手がかりに餌であるナミハダニを探索していることが明らかになりました。擬人的に言えば、「植物はかおりでボディーガードを雇っている」、ということになります。このような被害植物から出るかおりに天敵が反応するという現象は天敵寄生蜂や捕食性天敵昆虫・ダニで報告されています。たとえば、コナガ幼虫は、アブラナ科作物の大害虫ですが、コナガ幼虫の食害を受けたアブラナ科野菜は、その特異的な天敵(寄生蜂)であるコナガサムライコマユバチを呼び寄せるかおりを食害応答的に生産し始めます。
 また、被害株の近隣にいる他の植物体は、被害株由来のかおりを受容し、前もって誘導反応を始める場合が報告されています。いわゆる「被害植物-健全植物間のかおりコミュニケーションというわけです。私たちの研究グループでは、ガラス容器内にハダニに食害されたリママメ葉と健全なリママメ葉を置き、健全葉に被害株由来のかおりを暴露させてみました。暴露後、健全葉で、食害時にのみ誘導的に発現する防衛関連遺伝子が活性化していました(防衛の準備)。又その様な葉は、準備の甲斐あってか、ハダニにも喰われにくくなっていました。モデル植物のシロイヌナズナを用いた実験でも類似の研究結果が得られています。これらは室内実験ですが、野外実証試験の報告もあります。あるハンノキが傷害を受けると、隣接するハンノキの食害率に下がる(Dolch and Tscharntke,2000)、また、傷をつけたSsagebrush(山ヨモギの仲間)のそばの野生タバコの食害率が傷をつけていない山ヨモギの隣にあるものよりも低くなること(Karban et al., 2000)等々が報告されています。このような植物間のかおりコミュニケーションにおいては、利益を受けるのが「かおり」受容植物であり、かおりを発信する植物側のメリットは考えにくいため、「会話ではなく立ち聞きであろう」というような意見もあります(Karban and Baldwin 1997)。植物間のかおりコミュニケーションは興味深い現象ですが、まだ未知のことが多く様々な分野からのアプローチが必要です。
 匂い外の植物の危機管理ですが、多くの植物は毒物質で害虫などに対する危機管理を行っています。例えば、タバコはニコチンという毒物質を作っていますね。興味深いことにニコチン量は食害で増えると言われています。また、化学物質を用いるだけでなく、トゲを持ったり、堅い構造にしたりして喰われにくくするとか、アリや天敵に住処や餌を提供してボディーガードに雇っている植物とか、様々な防衛手段があります。

高林 純示(京都大学生態学研究センター)
広報委員、京都大学
河内 孝之
回答日:2006-06-15