一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

チェックリストに保存

樹液について

質問者:   その他   中村
登録番号0804   登録日:2006-06-21
夏になるとカブトムシなどが集まるコナラやクヌギの樹液について、教えていただけないでしょうか。

1.樹液は、木の中に住む虫などがつけた傷からしみ出した糖分が、微生物の働きによって発酵したものだということですが、発酵前の原料の液は篩管液でしょうか。
導管液でしょうか。糖分なのだから篩管液だと思っていたのでが、「葉からの蒸散の盛んな7月に流量が多い」ということも聞きます。
導管液なのか、あるいは一度篩管を転流してどこかにたくわえられた糖が、根から吸い上げられた導管液に溶けたものなのか、あるいは傷にたいする何か特殊な防御液なのか、よくわからないのです。

以下発酵する前の、原料となる液についての質問です。

2.夜と昼で成分はちがいますか。登録番号0160(2004-11-17の質問)によると、篩管夜は夜流れるとのこと。では昼に流れている樹液の原料は何なのでしょう。

3.季節によっても成分などに違いがあるますか。

4.そもそも冬は導管液や篩管液は流れているのでしょうか。

5.一般的にいって若い木と老木ではどちらが流量はおおいのでしょうか。

樹液については、身近なもののわりに詳しいよい参考書がみつかりません。参考書などもありましたら教えていただけると助かります。どうぞよろしくお願いいたします。
中村 さん:

登録番号0804の回答をお送りします。

植物に傷をつけるといろいろなものが分泌されます。草本などの茎を切断したり樹木の樹皮を切ったりしたときに共通にでてくるのは主として導管液でこれに篩管液が混ざったものです。その出方は、種によって大きく違い、例えば夏のよく晴れた日にヘチマやカボチャ(ウリの仲間の多く)の茎を切断すると根側の切り口から盛んに水がでてきます。ヘチマの場合はヘチマ水として天然化粧水の元祖みたいなものです。そのほとんどは導管液です。篩管液だけを集めることはたいへん難しく特別の方法を採らない限り、普通は導管液と混ざってしまいます。その上、多くの植物には乳管と樹脂道という分泌管状組織が発達しています。乳管は主に篩部に形成されて高分子テルペン類などが懸濁した乳状の液体(乳液)が溜まっています。その代表例はパラゴムノキやインドゴムノキのゴム(ポリテルペン類)を含む乳管です。その他、イチジク、マンゴー、パパイヤ、ウルシ、ケシなど重要な成分を含むものからレタス、ノゲシ、タンポポなど身近な植物まで乳管を発達させています。一方、樹脂道は篩部ばかりでなく木部にも発達して、樹脂道壁を形成している分泌細胞から樹脂(高分子ではありませんが複雑なテルペン類や高級アルコール、高級脂肪酸などが主)を分泌してためています。樹皮が傷つくと篩管、導管ばかりでなく乳管や樹脂道も切断され乳液や樹脂がしみ出てきて乾燥したり、成分が重合したり二次的変化をして脂(ヤニ)となります。
篩管液、導管液、乳液、樹脂液はいずれも複雑な成分からできていて他にアミノ酸類、糖類、タンパク質などを含んでいることが分かっています。植物種によって大きく成分内容も違っていますので主成分以外の分析は少ないと思います。サトウカエデやナツメヤシの樹液は高濃度のショ糖を含んでいてショ糖の原料とさえなっていますがそれ以外の成分に関してははっきりしません。残念ながらコナラ、クヌギといった植物の樹液成分、乳管や樹脂道の発達具合などを調べた記録を見つけることができませんでしたが樹皮表面にしみ出ている脂にいろいろな昆虫が集まることは自然のことです。
さて、2から5についてのご質問ですが、導管液転流の原動力は葉からの蒸散作用ですから夜になって気孔が閉じたときには流速は遅くなります。篩管液転流の仕組みはもっと複雑で、導管流と共役して転流することはその一つですが、組織、細胞の浸透圧変化による水移動も篩管転流の力となっていると言われていますし、篩管内転流物質の濃度勾配の力で物質自体も移動します。篩管流、導管流は植物体各部分の養分需要量の他、日照、温度、湿度などの環境条件に大きく左右されますので当然季節によって動く量も成分も変化します。5のご質問はお答えするのが難しいものです。草本だけを見れば若い方の流量が多いことは、例えばヒマワリなどではっきりしています。樹木では水、栄養などを必要とする組織、器官量が大きいばかりでなく実際に成長の盛んな部分は樹木年齢に比べたらはるかに若いため老木でも若木でも導管液、篩管液の単位当たりの転流量に大きな違いがあるとは思えません。
最後に、樹液をとくに扱った参考書類はないと思います。植物の解剖学、形態学、生理学、生化学、生態学の参考書などを総合して情報を集めることになります。
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2006-06-23