質問者:
大学生
吉田剛
登録番号0939
登録日:2006-08-03
食虫植物の生理学について質問があります。食虫植物と外分泌腺
光合成と食虫消化の両方で生存する植物についてです。
彼らは消化酵素を外分泌腺から分泌するわけですがその機序は動物と同じなのでしょうか?
最近東京大学医科学研究所の論文でIP3受容体のノックアウトマウスにおいて外分泌腺に異常が生じる(細胞内で酵素は合成されるが開口分泌はできない)というものがありました。
植物においてもCa-IP3経路が存在するかどうかから教えていただけると幸いです。
吉田 剛さま
みんなの広場へのご質問ありがとうございました。担当の柴岡です。頂いたご質問の回答をムジナモの捕虫葉分化の研究を為さったことのある神戸大学の三村徹郎先生にお願いしましたところ、詳しい回答をお寄せ下さいました。以下は三村先生の回答の全文です。参考になると思います。
吉田 剛さま
ご質問有り難うございます。食虫植物は、食虫という植物にあるまじき??行為から、多くの方が興味を持たれる大変面白い生き物です。日本にも一般の方と研究者の両方がつどう、「食虫植物研究会」という組織があります。
国内外で、様々な研究が繰り広げられていますが、ご質問について私の知る限り、消化酵素の分泌過程そのものを追いかけたものは見たことはありません。
消化酵素そのものについては、大阪大学工学部から研究報告があります(参考文献、5,6参照)。
Pitcher型の捕虫葉を形成するNepenthes類で、捕虫葉内に分泌された消化酵素の分子構造が明らかになっています。この酵素は、酸性領域に活性を持つアスパラギン酸プロテアーゼで、動物の胃で働くペプシン特異的阻害剤で阻害されることから、ペプシン型アスパラギン酸プロテアーゼだとされています。しかし、消化液の分泌がどのような環境刺激によるものかは、まだ決定されてはいません。
また、消化液による昆虫類の分解によって供給された栄養物質を、細胞内に取り込むために、捕虫葉内表面の細胞に、アンモニア、アミノ酸あるいはポリペプチドを取り込む膜輸送体が誘導されることが報告されています。これらの輸送体は、昆虫由来物質の分解で生じたアンモニアを外部情報として遺伝子発現が起こるとされています(文献7)。
食虫植物のうち、ハエジゴクやムジナモでは、虫が来たことの刺激を膜受容体(機械感受性イオンチャンネル)で感知することが知られていますが、この時誘導される活動電位はCaスパイクであるとされています。食虫植物と電気的刺激応答の研究は1970-80年代にたくさん仕事があります。
植物細胞には、Caを情報伝達物質とする生理過程はたくさん知られていて、その多くはタンパク質リン酸化酵素がその後の情報伝達過程に関与することが判ってきています(これらは、今最も重要な研究分野の一つです)。
それでは、IP3の関与は知られているかということになりますが、いくつかの生理機構(食虫植物ではありません)でIP3が関与しているとする研究結果が報告されていて、それらはIP3の濃度が変化することや、IP3のマイクロインジェクションで反応が起こることを示しました。しかし、ご存知?のようにキットによるIP3濃度の測定は、本当にIP3だけを測っているかは確定できませんし、何より、ゲノムの決まったモデル植物の中に、動物と同じようなIP3受容体として働きそうな遺伝子は全く見つかっていません。そのため、現在では、本当にIP3系があるかどうかと聞かれると、まだ判らないと答えることが正しいと思います。 但し、イノシトールリン脂質関連の代謝系は全て存在していますので、イノシトールリン酸が植物の細胞内で重要なはたらきをしていることは間違いないと思います。
食虫植物については、下記の文献などを参考にして下さい。
(1)「特集 食虫植物」生物の科学 遺伝 2005年7月号 裳華房
(2)Juniper BE, Robins RJ, Joel DM: The Canivorous Plants, 1989年, Acadmic Press
(3)柴岡 孝雄:「動く植物」、UPバイオロジー44、東京大学出版会 1981年
(4)P Simons: The Action Plant, 1992年, Blackwell (邦訳 「動く植物植物生理学入門」、柴岡孝雄、西崎友一郎訳、八坂書房)
(5)An C-I, Fukusaki E, Kobayashi A: Aspartic proteinases are expressed in pitchers of the carnivorous plant Nepenthes alata Blanco
Planta 214, 661-667 (2002)
(6)Athauda SB, Matsumoto K, Rajapakshe S, Kuribayashi M, Kojima M, Kubomura-Yoshida N, Iwamatsu A, Shibata C, Inoue H, Takahashi K: Enzymic and structural characterization of nepenthesin, a unique member of a novel subfamily of aspartic proteinases. Biochem J. 381, 295-306 (2004)
(7)Schulze W, Frommer WB, Ward JM: Transporters for ammonium, amino acids and peptides are expressed in pitchers of the carnivorous plant Nepenthes. Plant J. 17, 637-46 (1999)
三村 徹郎(神戸大学)
みんなの広場へのご質問ありがとうございました。担当の柴岡です。頂いたご質問の回答をムジナモの捕虫葉分化の研究を為さったことのある神戸大学の三村徹郎先生にお願いしましたところ、詳しい回答をお寄せ下さいました。以下は三村先生の回答の全文です。参考になると思います。
吉田 剛さま
ご質問有り難うございます。食虫植物は、食虫という植物にあるまじき??行為から、多くの方が興味を持たれる大変面白い生き物です。日本にも一般の方と研究者の両方がつどう、「食虫植物研究会」という組織があります。
国内外で、様々な研究が繰り広げられていますが、ご質問について私の知る限り、消化酵素の分泌過程そのものを追いかけたものは見たことはありません。
消化酵素そのものについては、大阪大学工学部から研究報告があります(参考文献、5,6参照)。
Pitcher型の捕虫葉を形成するNepenthes類で、捕虫葉内に分泌された消化酵素の分子構造が明らかになっています。この酵素は、酸性領域に活性を持つアスパラギン酸プロテアーゼで、動物の胃で働くペプシン特異的阻害剤で阻害されることから、ペプシン型アスパラギン酸プロテアーゼだとされています。しかし、消化液の分泌がどのような環境刺激によるものかは、まだ決定されてはいません。
また、消化液による昆虫類の分解によって供給された栄養物質を、細胞内に取り込むために、捕虫葉内表面の細胞に、アンモニア、アミノ酸あるいはポリペプチドを取り込む膜輸送体が誘導されることが報告されています。これらの輸送体は、昆虫由来物質の分解で生じたアンモニアを外部情報として遺伝子発現が起こるとされています(文献7)。
食虫植物のうち、ハエジゴクやムジナモでは、虫が来たことの刺激を膜受容体(機械感受性イオンチャンネル)で感知することが知られていますが、この時誘導される活動電位はCaスパイクであるとされています。食虫植物と電気的刺激応答の研究は1970-80年代にたくさん仕事があります。
植物細胞には、Caを情報伝達物質とする生理過程はたくさん知られていて、その多くはタンパク質リン酸化酵素がその後の情報伝達過程に関与することが判ってきています(これらは、今最も重要な研究分野の一つです)。
それでは、IP3の関与は知られているかということになりますが、いくつかの生理機構(食虫植物ではありません)でIP3が関与しているとする研究結果が報告されていて、それらはIP3の濃度が変化することや、IP3のマイクロインジェクションで反応が起こることを示しました。しかし、ご存知?のようにキットによるIP3濃度の測定は、本当にIP3だけを測っているかは確定できませんし、何より、ゲノムの決まったモデル植物の中に、動物と同じようなIP3受容体として働きそうな遺伝子は全く見つかっていません。そのため、現在では、本当にIP3系があるかどうかと聞かれると、まだ判らないと答えることが正しいと思います。 但し、イノシトールリン脂質関連の代謝系は全て存在していますので、イノシトールリン酸が植物の細胞内で重要なはたらきをしていることは間違いないと思います。
食虫植物については、下記の文献などを参考にして下さい。
(1)「特集 食虫植物」生物の科学 遺伝 2005年7月号 裳華房
(2)Juniper BE, Robins RJ, Joel DM: The Canivorous Plants, 1989年, Acadmic Press
(3)柴岡 孝雄:「動く植物」、UPバイオロジー44、東京大学出版会 1981年
(4)P Simons: The Action Plant, 1992年, Blackwell (邦訳 「動く植物植物生理学入門」、柴岡孝雄、西崎友一郎訳、八坂書房)
(5)An C-I, Fukusaki E, Kobayashi A: Aspartic proteinases are expressed in pitchers of the carnivorous plant Nepenthes alata Blanco
Planta 214, 661-667 (2002)
(6)Athauda SB, Matsumoto K, Rajapakshe S, Kuribayashi M, Kojima M, Kubomura-Yoshida N, Iwamatsu A, Shibata C, Inoue H, Takahashi K: Enzymic and structural characterization of nepenthesin, a unique member of a novel subfamily of aspartic proteinases. Biochem J. 381, 295-306 (2004)
(7)Schulze W, Frommer WB, Ward JM: Transporters for ammonium, amino acids and peptides are expressed in pitchers of the carnivorous plant Nepenthes. Plant J. 17, 637-46 (1999)
三村 徹郎(神戸大学)
JSPPサイエンスアドバイザー
柴岡 弘郎
回答日:2006-08-07
柴岡 弘郎
回答日:2006-08-07