一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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馬鈴薯を木灰の中でじっくり焼くとおいしくなるのはなぜ

質問者:   自営業   ベークハタ
登録番号1042   登録日:2006-09-10
はじめまして単純な疑問ですが教えてください
馬鈴薯(男爵・メークイン・北明かり等)を木灰の中でじっくり時間(約2時間程度)をかけて焼き上げると塩ゆででしたものよりうまみも増して食感も変わるのですが。
どのような変化があるのかと栄養価変わらないのか知りたいのですが。
ベークハタ さま

ジャガイモの料理法についてのご質問に対し、デンプンの研究を長く続けてこられた福山大学生命工学部・応用生物科学科 井ノ内 直良 教授から、非常に詳しい解説を頂きましたので、ご覧下さい。

 まず、ご質問に直接お答えする前に、「茹でる」と「焼く」という調理法の違いについてご説明します。「塩茹で」などの「茹でる」調理は食品の軟化、タンパク質の凝固、デンプンの糊化などのために行います。おいしくするという観点からは、不味成分を除去(あく抜き)し、食品独自のテクスチャーを残して味覚を満足させることができ、色彩(色素)を安定させる、発色させるなども視覚的条件としておいしさにつながっています。タンパク質の凝固、デンプンの糊化は通常、60〜90℃の範囲で生じますが、常温で茹で始めるか、沸騰水に入れて茹で始めるかは食品の種類によります。
 植物体では、細胞壁に含まれるペクチンが細胞と細胞を強く結びつけ、硬い組織を形成しています。加熱するとペクチンが水に溶け、細胞間の結びつきがゆるみます。これが組織の軟化で、加熱時間が長すぎると、組織がバラバラにくずれます(煮くずれ)。一方、ジャガイモの加熱を途中で止める、または、60〜70℃の低温で加熱すると組織が硬くなって「ごりいも」ができることがあります。この原因の一つは、組織内のカルシウムやマグネシウム・イオンが溶けたペクチンと結合し、組織を硬くするためと考えられています。
 一方、「焼く」という調理法は、人類が火を使い始めて以来行われてきた最古の調理法です。この時、一般に次のような現象が生じます。
(1) 表面から加熱されるため表面の水分が減少し、揮発性成分が飛散しやすくなります。
(2) 表面のタンパク質が凝固し、デンプンが糊化するので、内部の成分の流出が少なく、味が濃縮され、保水性が増加します。そのため内部に適当な水分が保持され、軟らかくなります。
(3) 糖のカラメル化やアミノカルボニル反応、脂肪の分解反応などによって、表面にほどよい焦げ色とこうばしい香りが加わります。
すなわち、「焼く」調理法では、香り(嗅覚)、味(味覚)という、おいしさに影響を及ぼす重要な因子が満たされます。しかし、水などの熱媒体を使わずに熱不良導体である食品をほどよい加減に焼き上げるには、温度管理に熟練が必要であり、焼きものは煮ものや蒸しもの、揚げものなどより難しい調理法です。

 ジャガイモはイモ類の中で最も利用範囲が広く、糖分や繊維が少なく、味が淡白で調理しやすい特徴があります。ジャガイモの肉質は粘質と粉質とに大別でき、粘質のものとしては「メークイン」や「紅丸」が、粉質のものとしては「男爵」や「農林1号」が代表的です。粘質のものは煮くずれを嫌うシチュー、サラダ、煮ものなどに、粉質のものはマッシュポテトやスープなどに用いられます。
 ジャガイモなどのイモ類は、穀類と同様にデンプンを主成分としていますが、水分を70〜80%含んでいますので、穀類のように水を加えて加熱しなくとも、木灰の中で焼いてもイモ自身に含まれている水分でデンプンは糊化されます。
 栄養的にはビタミンCが多く含まれ、加熱しても残存率が高い特徴があります。ビタミンB1もそれ自身のもつ糖質量の割には多く含まれています。この他、葉酸、カリウムの優れた摂取源にもなっています。

 ジャガイモの細胞で、デンプンはアミロプラストとよばれる細胞小器官に、アミラーゼは液胞に局在し互いに接触できない状態になっています(そのためにジャガイモ塊茎中のデンプンは長期間分解しないで保存できます)。ジャガイモを木灰で焼き、細胞内温度が約65℃以上になるとデンプンが糊化し始めます。この時、デンプン分子間の水素結合が切断され、デンプン粒は吸水、膨潤、崩壊、分散する一連の変化を受けます。このデンプンの糊化によって、アミラーゼの作用を約10〜100倍受けやすくなります。特にジャガイモのデンプン粒は、植物デンプンの中では最もアミラーゼ作用を受けにくいため、糊化によってアミラーゼの作用を特に受けやすい状態になります。糊化と同時に、細胞内温度の上昇に伴って液胞やアミロプラストの構造がこわされ、液胞にあったアミラーゼが糊化したデンプンと接触できる様になり、糊化したデンプンが糖化酵素であるアミラーゼによって分解され、甘味が増加します。これが焼いたジャガイモの旨味に繋がっていると考えられます。調理中にジャガイモの甘味を引き出すためには、適度な加熱によって基質となるデンプンが糊化されること、細胞構造が壊されアミラーゼが糊化したデンプンと接触できることが前提であり、さらに、加熱速度を適度に調節してアミラーゼが熱失活しないようにすることも必要です。そのため、電子レンジによる短時間加熱や沸騰水中で行う「塩茹で」ではジャガイモの持ち味を十分に生かすことはできません。一方、食感に関しては加熱方法の違いが、ジャガイモの組織の軟化の程度に影響を及ぼすと考えられます。ジャガイモを「茹でる」と水溶性ビタミンのCやB1など栄養分が熱湯に溶け出るため、木灰の中でじっくり焼き上げる方が栄養的に優れていると考えられます。

井ノ内 直良(福山大学生命工学部・応用生物科学科)
JSPPサイエンスアドバイザー
浅田 浩二
回答日:2006-09-22