一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物の芳香分子について

質問者:   一般   みちこ
登録番号1070   登録日:2006-10-04
アロマテラピーのことを勉強しています。
アロマテラピーで使われる精油が植物からどうやって抽出されるのか勉強しましたが(水蒸気蒸留法、圧搾法など)、この精油の元となっているエッセンス(芳香分子)が植物のどこに、どのような形で存在するのかがわかりません。
いろいろ調べてみましたが、分泌腺や嚢の中と言う程度です。
もっと詳しく知りたいと思います。
よろしくお願いいたします。
みちこ さま

植物に含まれる精油成分が植物のどこで、いつ合成され、どこで貯えられ、どんなときに放出されるのかについて、これ迄長年、みどりの香り(新緑茶の香り)など植物の芳香成分について研究してこられた、山口大学大学院・医学系研究科(農学部)松井 健二 教授に詳しく解説して頂きましたので、ご覧下さい。

植物は自分の身を守るためにも、また、昆虫などの受粉媒介者、鳥などの種子散布者など他の生物の助けを求める時に芳香分子を作ります。芳香分子が作られる場所は植物の種それぞれで異なり、葉や花弁、実などの他に、根でも芳香分子を合成しています。また、同じ植物体でも合成される組織によって作られる芳香分子の種類が異なっている場合がほとんどです。

植物の葉をよく見ると毛のようなものがびっしりと生えているのが見えると思います。これは葉毛とよばれる細胞で、普通、一つの細胞からなっています。葉の表面をデコボコにすることで小さな昆虫にとっては大きな障害物になって葉を食べることができなくなっているのでしょう。タイムやミントなどのハーブではこのような葉毛以外に丸い、小さな袋のような突起があります。これは一般に分泌性葉毛(分泌腺、あるいは分泌嚢ともよばれます)とよばれている細胞で、その中に芳香分子が貯まっています。面白いことにこの袋の中、あるいは袋の下の細胞には芳香分子を合成する酵素が集まっていますので、芳香分子は葉の表面の分泌性葉毛にだけ蓄積するようになっています。この袋は少し触れると割れてしまいますので、中から芳香分子が放散します。昆虫を初めとする草食動物がやってきて、葉を食べようとすると、この袋を破裂させるので、その匂いに動物は気圧されてたじろぐはずです。植物の巧みな防御の仕組みです。身の回りにハーブがあればしばらく触れない様にそっとしておいてから指の腹で葉の表面をなぞる様にこすってみて下さい。袋が割れるので芳香がすーっと広がるはずです。

同じ葉の芳香分子でもみどりの香り、とよばれる青臭い香りは植物の中に予め作って貯めておくのではなく、葉が押しつぶされた時に脂肪酸から合成されます。おそらくは葉が押しつぶされて葉の細胞中の細かい構造がこわれてしまい、それまで別々の区画(細胞小器官)に分かれていた酵素と基質が出合うことで急激に芳香分子の生成が進行すると考えられています。

花の香りはまた異なった仕組みで合成されるようです。花の香りの多くは花弁で特異的に作られます。花弁での芳香分子の役割の多くは花粉媒介者である昆虫を誘い込むためですが、花が開いて受粉の準備が整い始めた頃から急速に合成、放散されます。しかも花の香りの生成量は日周性があり、夜行性の媒介者を誘い込むためには夜に香る様に、昼行性の媒介者なら昼に香る様に生成されます。いずれにしても花の香りも既に作られたものが貯まっていてそれが放散されるのではなく、必要な時に必要なだけ生成しているようです。この場合、花のどこから出てくるのか、については実のところよく分かっていません。通常のガス交換のルートである気孔から放散されるのかも知れませんし、表皮からじわっと沁み出てきているのかも知れません。

植物の香りは本来植物が様々な環境下でよりよく生き抜くための戦略として獲得されてきたものです。植物の種類や同じ種類の植物でも場所によって、あるいは状況によって生成される芳香分子が異なる、ということは植物が多様な環境に多様な仕組みで対応するために必須だったためでしょう。その芳香分子のいくつかは人に安らぎやリラックス感を与える、ということでその生理・心理効果が注目されています。当初は何となくそう思われる、といった程度の概念でしたが、最近は動物実験、生理実験による実証的な検討が進み、例えばみどりの香りは疲労回復効果がある、ストレス緩和効果がある、などが科学的に証明されています。最近の話題としてはグレープフルーツの芳香分子がダイエットに役立つ、との報告もあります。一方、植物では植物同士が芳香分子を使って互いに会話しているらしい、ということが分かってきました。

松井 健二(山口大学大学院医学系研究科(農学部))
JSPPサイエンスアドバイザー
浅田 浩二
回答日:2006-10-12