一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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ヨーロッパの植生について

質問者:   一般   ホダギ
登録番号1098   登録日:2006-11-03
地中海地方に広がる硬葉樹林の分布についてですが、例えばイタリアやフランスなどではどのあたりから落葉樹林にかわるのですか?
また硬葉樹林でも伐採をすると二次林で落葉樹林ができるのですか。
ホダギさま

 みんなの広場へのご質問ありがとうございました。頂いたご質問の回答を植生のことについて詳しい東京大学の大沢雅彦先生にお願いいたしました所、さすが専門家というような詳しい回答をお寄せ下さいました。

1、植生分布上、大変重要な点に着目した良い質問です。
地中海気候下の硬葉樹林はアルプス山脈の山裾にあたる付近から落葉樹林に移行します。ミラノのあたりロンバルディア平原では、ほとんど自然林は残っていません。ロンバルディア・ポプラなどが有名ですね。これが畑の間に植えられています。ゴッホの絵にでてくるイトスギも夏乾燥する気候下でよくみられる針葉樹です。コモ(北緯約46°)あたりから山裾には落葉樹林が出てきます。その先はもうスイスに入りますが、ロカルノあたりで私が調べた林は、標高は300mくらいですが、クリが優占し、ナラ、ボダイジュ、トネリコなども多く混じっています。これらの落葉樹林の下層にはよく常緑広葉樹が生えています。種類はセイヨウバクチノキ(バラ科)、ゲッケイジュ、ネズミモチ、クスノキ、アポロニアス(クスノキ科)など、多くはヨーロッパの遺存型照葉樹林に生育する常緑樹です。氷河期にヨーロッパの常緑広葉樹はほとんど絶滅してしまいましたが、大西洋のマカロネシアの島々と東の端のコーカサスの南側には、雲霧林や山地に入って夏の降水があるので、かろうじて常緑広葉樹が生き残りました。私は、カナリア諸島、コーカサスなどでこれらの遺存型常緑広葉樹林を調べましたが、とくにマカロネシアでは東アジアの照葉樹林ととてもよく似ています。大変貴重なので一部は世界遺産にもなっています。現在、ロカルノなどアルプス山麓の北イタリア、スイス南部などのクリを主体とする落葉樹林に侵入しているこれらの樹木は、いずれも庭木などとして植栽したものが逃げ出した個体です。スイスではこれらは、いわば外来種が落葉樹林に入り込んでいる現象ととらえ危機的であると考えています。庭木からどんどん広がっているのは温暖化のせいだという研究者もいますが、気温と降水量のデータをみればこの付近は、硬葉樹林ではなく、落葉樹や照葉樹林型の常緑樹が生えていてもおかしくありません。詳しくは、中村他編(2005)日本の地誌1、日本総論I(自然編)のp.62-70に解説してあります。

2、硬葉樹林は地中海地方ではマッキーといい、コルクガシなどが優占します。材木の伐採による適度な利用であれば日本の薪炭林と同じように萠芽再生して維持されます。伐採だけでなく、火入れや羊の放牧などが始まると、再生力を越えてしまい、森林は退行して、低木種や草本などの植生(ガリグという)になってしまいます。地中海料理に用いられるタイム、マンネンロウ、セージその他のハーブ類、チューリップなどの球根植物などはいずれも、長い人類の歴史の中で森林が退行し、草原となった地中海地方の生態系にある程度適応してきた植物と言われています。さまざまな香気は、家畜である草食動物の食害を防ぐために進化してきたものです。
したがってお尋ねの二次林は、当初は、ちょうど日本の薪炭林と同じように切り株からの萠芽更新によって再生した常緑広葉樹二次林になります。地中海気候は、冬は温暖で降雨がありますが、生育期間の夏は乾燥するので、落葉樹にとっては大変生活しにくい環境なので、ほとんどは常緑です。

大沢 雅彦(東京大学)
JSPPサイエンスアドバイザー
柴岡 弘郎
回答日:2006-11-14
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