一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物の組織培養について

質問者:   高校生   S・S
登録番号1106   登録日:2006-11-11
植物の組織培養の実験を先生から教えてもらい、キクを使用して実験を行っています。
具体的には、キクの花弁をNAAとBAの濃度をかえた培地に植え付け比較するという実験です。先日、実験の方法と結果・考察を発表した時、なぜ培地のpHを5.8に調節したのかと問われ結局答えられませんでした。
その先生が書いてくださった作り方には「pHは5.6〜6.0に調節する」(そこで間を取って5.8にしたんですが)と書いてあるだけ。
その先生とは予定が合わず結局分からずじまいです…。また先輩にも聞いてみたんですが、「酸性のほうが菌が繁殖しにくいからかな…。正確にはわからない。」と言われ、行き詰ってます。
発表は(うまく1次選考を通ればですが)来月にあります。それまでには何とかしたいと思っています。
教えてください!なぜその先生はpHを「5.6〜6.0に調節する」とノートに書いたんでしょうか?弱酸性には何か意味があるのでしょうか?
↓使用している薬品名を書いておきます
植物ホルモン:NAA・BA
MS培地:MURASHIGE AND SKOOG MEDIUM
S・Sさん

質問(登録番号1106)にお答えします。回答は富山県立大学工学部生物工学研究センターの荻田信二郎先生に書いていただきました。大変分かり易い説明です。自分での考察も忘れないで下さい。

回答:
培地のpHについてですね。多くの参考書に植物組織培養に用いる培地の組成が書いてあり、確かにpHは6.0前後が多いですよね。何故アルカリ性や酸性の強い培地は使わないのか?また、質問にあるようにpH5.6-6.0に調節するとあった場合、いったいどの値に調節すればよいのか?幾つか考えなければなりません。以下のことを参考に、考察してみてください。

まず、植物にとっての養分の「利用しやすさ」を考えることが重要です。MS培地中には窒素、リン、カリウム、カルシウム、マグネシウムや、鉄、マンガン、亜鉛、銅などといった「養分」が一定の割合で入っています。これらの養分は、植物の成長に必要なものですが、一般に土壌中あるいは培地中で「溶けた
状態」で存在するものを、植物は利用しています。pH6程度の弱酸性下では、ほとんどの養分が植物の利用しやすい形で存在することができるのです。この状態を植物養分の有効性が満たされているとか、有効態の養分が多いということがあります。例えば、アルカリ性が強いと鉄や亜鉛などが不溶化し、利用できない状態になる。また、酸性が強いとマンガンやアルミニウムの溶解度が増して、植物が過剰に吸収してしまうなどの状態になる。いずれの場合も植物の成長に傷害を与えてしまいます。したがって、植物の生育に適するpHは、望ましくは中性から弱酸性だということになります。養分とpHの関連性は組織培養の参考書の他に土壌特性に関して文献調査をすると良いでしょう。

次に、植物種によって、ある程度の酸性を好むもの、あるいは耐酸性や耐アルカリ性の強いものが存在するということを考慮する必要があります。この理由は、その植物種が本来生育している土壌のpHを調べることによって考察できると思います。例えば、世界にはpH4程度の酸性土壌が存在し、多くの植物が生育しています。植物種の好むpHは、このような環境下で獲得されたものと考えられます。一方、植物の成長を促進し、生産性を高めようとする農業分野では、耕作地の土壌を栽培する植物種によって養分の有効性が高いpH5-6に改良します。植物組織培養においても、実験に用いる植物種によって、適宜pHの影響を調査する必要があるといえます。この点において、キクの培養に用いた培地pHを5.8に調節した理由だけを考えるのではなく、本当に5.8でよかったのかどうか、追試や考察してみてはどうでしょうか?pHが0.1違っただけで、培養植物体の成長が大きく異なるという実例は多くあります。

荻田 信二郎(富山県立大学工学部生物工学研究センター)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2006-11-17
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