一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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細胞小器官の分裂

質問者:   大学生   Little-rascal
登録番号1110   登録日:2006-11-19
先日はどうもありがとうございます。

生物の参考書を読んでいて、
昔から気になっていたことがあります。

どの参考書も細胞分裂について、
体細胞分裂や減数分裂を詳細に説明している割には、
細胞小器官がこの分裂期にどう動くのかについて全く触れていないことです。

細胞小器官(代表例として葉緑体やミトコンドリア)は、
分裂期の前・中・後・終期のだいたいどの時期に、
どのように分裂するものなんでしょうか。

細胞共生説によれば、
ミトコンドリアや葉緑体ももとは一つの原核生物だったわけですから、
彼らは大腸菌等と同じように分裂などによる増殖をするのですか。
それとも、彼らの支配者である植物細胞や動物細胞と同じように
前・中・後・終期のような段階を踏んだ分裂をするのですか。

また、もしも分裂によって細胞小器官が増えるのならば、
ミトコンドリアなどは分裂前と後の細胞内に
同数ずつ存在するはずだと思うのですが、
教科書や参考書でモデル的生物として
「〜〜という植物細胞のミトコンドリアの数は☆個である」
というような(黄色ショウジョウバエの染色体は2n=8のように)記述は
いままで見たことがありませんし、それならばミトコンドリアにしても
数はバラバラだというような気がするのですが、いかがでしょうか。

ご返答をお待ちしております。//
Little-rascalさま

みんなの広場へのご質問ありがとうございました。大変長いことお待たせしましたが、長い出張からお戻りになった東京大学の河野重行先生から以下のような詳しいご回答が寄せられましたので、お届けします。ご質問自体がかなり専門的だったことから、ご回答の中にも専門用語が見受けられますが、頑張って読んで下さい。

[回答]

Little-rascalさま

確かに、細胞小器官(葉緑体やミトコンドリア)の分裂や数については、教科書ではあまり詳しく扱っていないようです。葉緑体とミトコンドリアは、それぞれ事情が大分違うので、回答では別々に扱います。
細胞によって葉緑体の数もさまざまです。専門の教科書では、ヒマの柵状組織の葉肉細胞のではおよそ36個、同じく海綿状組織の葉肉細胞では20個程度、シロイヌナズナの成熟葉肉細胞にはおよそ120個の葉緑体が含まれているとされています。コムギ種子発芽では、本葉第一葉先端の葉肉細胞には4、5個の葉緑体が含まれています。一方、イネの発芽では、鞘葉の先端の葉肉細胞には10〜15個、本葉第一葉先端の葉肉細胞には15〜20個の葉緑体が含まれています。このように1細胞当りの葉緑体数は、植物種によっても、組織によっても、発生段階によっても異なります。葉緑体は分裂して増えます。1細胞当りの葉緑体数が違うということは、葉緑体の分裂回数が細胞の種類や状況によって異なることを意味しています。葉緑体は互いに同調して分裂することはしませんし、細胞分裂と同調して分裂することもないようです。
ただ、茎頂分裂組織や根端分裂組織の始原細胞では、未分化な葉緑体やミトコンドリアが活発にDNA合成していることがわかっています。葉緑体は、組織が発達するのにつれて、DNA合成をともなわないで、何回か分裂して成長するようです。単細胞藻類やコケのなかには葉緑体を1個しかもたないものも知られています。クロレラやクラミドモナスが有名ですが、最近では原始紅藻のシゾン(Cyanidioschyzon merolae)が注目されています。シゾンは葉緑体に加えミトコンドリアも一つずつしかもちません。一つずつしかもたないので、それらは必然的に細胞分裂に同調して分裂することになります。シゾンの場合、葉緑体、ミトコンドリア、核の順に分裂して最後に細胞質の分裂が起こります。葉緑体もミトコンドリアも核や細胞質分裂の前に分裂するのが鉄則です。ただし、クロレラやクラミドモナスのミトコンドリアは一つではなく、シゾンとはまったく別の様式で分裂します。葉緑体の分裂機構についてもシゾンで研究が進んでいます。分裂には、分裂面の細胞質側に形成されるPDリング(外側)とダイナミンリング、内外包膜の間にあるPDリング(中間)、ストロマ側にあるPDリング(内側)とFtsZリングが関与していて、それらが個々に果たす役割や収縮のタイミングなども明らかにされつつあります。シロイヌナズナでも原理的には同じような分裂装置が働いていると考えられています。ちなみに、FtsZは原核生物に由来する遺伝子で、シロイヌナズナにも保存されています。シアノバクテリアや大腸菌などの分裂ではFtsZが主要なはたらきをします。そういった原核生物の分裂様式の痕跡も葉緑体には残されていると考えていいでしょう。藻類のなかには、葉緑体型FtsZだけでなく、ミトコンドリア型FtsZをもったものも知られています。
分裂期の前・中・後・終期は核分裂の動態を染色体の形状で定義したものです。葉緑体の染色体(DNA)はDNAに特異的な蛍光色素で染色して観察することができます。葉緑体DNAはタンパク質によって高次に組織化されているので、それぞれの種に特異的な形状の核様体として観察されます。核様体は葉緑体の分裂や発達にしたがって形状を変えることが知られています。しかし、今のところ、葉緑体の分裂期を核様体の形状で定義することはなされていません。
ミトコンドリアはもっと複雑です。教科書によれば、植物の場合、トウモロコシの根端の若い中心細胞には約200個のミトコンドリアが含まれていて、細胞が伸張して機能的に成熟すると2,000〜3,000になるとされています。アカバナの茎頂分裂組織では、1細胞当り約120個含まれていたミトコンドリアは、分裂直後の娘細胞では半分になるとされています。また、動物の肝細胞に含まれるミトコンドリアは1,000〜2,000個で細胞体積の約20%になるといわれています。ミトコンドリアはダイナミックに分裂や融合を繰り返しているので、静的に数を数えることにはそれほど意味がないように思われます。ミトコンドリアを異なる色の蛍光でラベルして融合の有無を調べる実験では早いものでは1,2時間、遅くとも9時間程度で細胞内の全てのミトコンドリアが融合を経験するらしいことがわかっています。
単細胞藻類や酵母菌では細胞周期や培養条件でミトコンドリアが融合と分裂を繰り返すことが知られています。ユーグレナやパン酵母などの例が有名で、数十個あったミトコンドリアが融合して、網目あるいは不定形の一個の巨大なミトコンドリアになります。ミトコンドリアの数は数十個から1個に周期的かつ連続的に変わることになります。そうした融合や分裂を制御する遺伝子もパン酵母では明らかになっています。

河野 重行(東京大学)
JSPPサイエンスアドバイザー
柴岡 弘郎
回答日:2006-12-06
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